2020 Fiscal Year Research-status Report
江戸語・東京語におけるコミュニケーション類型の研究
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18K00624
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Research Institution | Musashi University |
Principal Investigator |
小川 栄一 武蔵大学, 人文学部, 教授 (70160744)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 談話分析 / コミュニケーション / 浮世風呂 / 江戸語 / 夏目漱石 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度における研究実績は次の2点である。 (1)式亭三馬『浮世風呂』データベースの作成 基礎的な作業として、データベースソフトウェアを用いて、式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』(4編9冊 文化6~10年 1809~13)の敬語に関するデータベースファイルを3種を作成した。①『浮世風呂』本文を句単位(句読点で区切られる単位)で区切った上で、各句に、書誌情報(編巻、ページ、行)、話し手の属性(性別、職種、年代、階層、その他の特徴)、聞き手の属性、敬語の類別(尊敬語、謙譲語1、謙譲語2、丁寧語、美化語の表現とその数)、その他を付したファイル(データ数13422件)。これによって、『浮世風呂』における言語の数量を算出し、統計的な分析が可能になる。さらに、②話し手ごとの敬語使用に関するファイル(データ数275件)、③話し手と聞き手のペアごとの敬語使用に関するファイル(データ数591件)を作成した。②③のファイルによって、話し手個人、話し手の性別・年代・階層などの属性、話し手・聞き手の関係(家族、使用者と被使用者、仲間、知己、商人と顧客など)、それぞれについて敬語使用率の計測と敬語使用の特徴を究明することが可能になる。 (2)上記データベースを用いて、『浮世風呂』における、話し手個人、話し手の属性、話し手・聞き手の関係、それぞれの敬語使用率の測定と敬語使用の特徴を明らかにした。敬語使用率の測定方法は、一定の会話について、会話数(句の数)を分母とし、敬語表現の数(尊敬語、謙譲語1、謙譲語2、丁寧語、美化語)を分子として、百分率で表す。敬語表現を多用するほど敬語使用率が高くなる。平均の敬語使用率は16.7%である。さらに、話し手の属性ごと、話し手・聞き手の関係ごとの敬語使用率を測定し、それぞれの敬語使用の特徴を明らかにした。詳しくは、「現在までの進捗状況」において述べる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度はコロナ対応のオンライン授業のため、教材作成に時間を取られて、論文の執筆が出来なかったが、研究そのものは着実に進んでいる。 「研究実績の概要」に述べたとおり、『浮世風呂』データベースを用いて、敬語使用に関する各種データが得られた。まず、階層については従来も指摘されていたとおり、下層、中層、上層と階層が高くなるほど敬語使用率も高くなることが確かめられた(従来は明確な数値をもって証明されていたわけではない)。階層の判別は小松寿雄氏の著書に従ったものであるが、その根拠はあまり明確でないし、すべての登場人物について判定できるものでもない。三層による区分よりも、おおむね敬語使用を多用する中上層の会話と、敬語をあまり用いない下層の会話という二つの区分で考えた方が実態に即しているものと考えられる。次に、性差について、全般に男子よりも女子の方が敬語使用率が高い。年代別では、男女ともに青壮年層(20代・30代・40代)の敬語使用率が高いのが目立つ。ところが、話し手と聞き手との間で年代差のある場合には、男女ともに、年長よりも年少者に対する敬語使用率が高くなる。特に、男女ともに親が子に対して敬語を使う場合が多い。浮世風呂においては、年長者に敬語を使うべきという現代の常識とはまったく反対の傾向が出ている。また、男女ともに、仲間よりも知己との間での敬語使用率が高い。親疎の差で考えると、仲間の方が知己よりも親しい関係なので、この傾向は予想のとおりといえるが、他人との間よりも知己との間の敬語使用率の方が高いのは予想外である。浮世風呂においては、知り合ってはいるがやや疎い関係にある知己に対する敬語使用率が高く、全くの他人に対してはさほど敬語を使わない傾向のあることがいえる。この原因についても考察する必要がある。以上の成果を近日中に公表する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
『浮世風呂』における敬語について、その背景を明らかにするとともに、コミュニケーションのあり方とも関連させて研究を進めていく。あらかじめその見通しを述べる。 「現在までの進捗状況」に述べたとおり、『浮世風呂』における敬語使用率の高低によって、その会話を2種の型に区分する。敬語使用率の高低は階層と相関する。しかし、同一の人物でも会話の相手によっては両種を使い分けることがあるので、階層とは独立した変数である。敬語使用率の高い会話とは協調的なコミュニケーションであり、話し手・聞き手の人間関係はより疎遠である。これに対して、敬語使用率の低い会話は競争的コミュニケーションであり、人間関係としてはより親密である。人間関係に応じて、このような2類のコミュニケーションが共存する。 その背景について、江戸はそもそも徳川氏の移封から江戸幕府開設に伴って発展した都市で、日本各地から移住してきた人たちが集合して居住することになったために、相互の人間関係はそもそも縁遠かったものと考えられる。その後も各地から上京する人が多く、疎遠な人間関係は継続され、これが敬語使用を多用するコミュニケーションの背景と考える。また、江戸の経済的な発展に伴って、富裕な商人が現出することになったが、商取引の必要からも敬語を多用する傾向があった。この結果として、江戸の中上層の町人において敬語使用率の高い会話が用いられたものと考えられる。その一方で、商家の使用人や職人などは長屋住まいで親密な人間関係を形成し、江戸の下層市民として定着したものと考えられる。このような人々にとっては敬語使用率の低い会話の方がふさわしかった。このような背景があって、江戸語におけるコミュニケーションの2類が発生したものと考えられる。 以上の見通しに沿って、『浮世風呂』のデータベースを活用し、計量的に明らかにしていきたい。
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Causes of Carryover |
データベース作成に必要な作業は、学生等のアルバイトを必要とせず、研究代表者自身によって効率よく実施することができたため、当初予定していた人件費支出が今年度は不要となった。『浮世風呂』の敬語使用を研究するのにあたり、先学の研究書を参考にする必要が生じたが、武蔵大学図書館に所蔵されていなかったので、急遽購入することとなった。これらの使用予定変更により、次年度使用額が生じたが、次年度研究費と合わせて研究用物品の購入費用とする予定である。
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