2019 Fiscal Year Research-status Report
近世フランス都市における記憶の管理と都市エリート:リヨンの都市議事録が語ること
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18K01030
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
小山 啓子 神戸大学, 人文学研究科, 准教授 (60380698)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 近世フランス史 / 恩赦 / 祝祭 / 都市 / 交渉 / 治安維持 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度の成果は主に2つである。1つは、フランス王権が儀礼や祝祭の際に行ってきた恩赦を都市行政の側から検討し、共著のコラム「歴史の扉」で成果として公表した。恩赦とは司法手続きによらず国家が刑罰権を消滅させる行為であり、君主の「慈悲」をもとに国家的慶弔の際に行われ、長く法的規制の外に置かれていた行為である。瘰癧を治癒する能力とともに、恩赦はフランスにおける「国王信仰」の鍵となる要素であった。このような国王大権は、犯罪者から見れば神の救いであろうが、都市側から見れば自分たちが捕らえた犯罪者を勝手に解放する越権行為に見えはしなかっただろうか。住民は罪人の法によらない解放にどう対処しただろうか。議事録によれば、市参事会は入市式における恩赦の実施を、正式な手続きを踏んで規制しようとしていたことが判明した。つまり、都市側は国王が実施する恩赦の範囲をめぐって、事前に国王側と交渉したのである。国王の存在そのものが恩赦という行為の大前提ではあるものの、恩赦のあり方や内容は都市の人びとによってコントロールされており、彼らが国王役人と協働して、恩赦の実際の詳細を決定したことが判明した。 2つ目として、私は本年、シンポジウム「近世ヨーロッパにおける国家の統治構造と軍事」を企画・実施したが、その際に自身も「地域と王権の接点としてのマレショーセ」と題して、近世における都市の治安維持について報告した。マレショーセとは裁判所としての機能と警察としての機能を兼ね備えた王権の治安維持部隊のことであるが、制度としての理念と実際の活動との乖離が指摘されている(正本忍『フランス絶対王政の統治構造再考』刀水書房、2019年)。こうした中で、私は警察に対する現場のニーズという側面に注目し、もし近世のある時期において国家警察に対する抵抗感が薄れたとするならば、それはなぜかという在地社会からの視点で分析を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、都市議事録の史料論的分析というよりも議事録の内容から判明したことが分析の主体となったが、王権側の史料や国家的視点からだけでは見えてこない社会の実態を、いくつか解明することができたと考えている。また、恩赦という問題にせよ、治安維持にせよ、個々のフィールドで実証研究を行ってきた都市史研究者が協働し、継続的な協力関係に立って比較検討し、研究を進めることが可能な素材を見つけることができた。今後はこうした成果をより深めて国際学会等で発表するなど、比較史の可能性を探っていきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
研究計画の柱の一つである、都市における文書作成の担い手である書記の活動と、都市議事録の史料論を結びつけて考察するという作業が残っている。都市議事録は行われた審議内容がそのまま記載されたのではなく、市参事会員の指示を尊重したものであり、それゆえ彼らの心性と文化的実践とが表れている。それは都市住民と共有しうる事項もあるが、他方で都市エリートに固有の面も持ち合わせる。議事録という史料は、読み手が単に文字通りに読むだけでは都市というものの観念や行政の実態に迫ることはできないのである。都市議事録そのものに内在する諸問題についての理解を深めると同時に、史料に記されていること(すなわち彼らが理想と考える市参事会像)だけでなく、そこに記されていないこと(彼らは何を選択的に書かなかったのか)も含めて検討する必要がある。 また、16世紀後半以降宗教戦争は激しさを増したが、都市議事録の史料としての真の価値は、非常に緊迫した状況の中で市当局はどのようにライフラインの確保に尽力したのか、すなわち公共善の実践のありようが詳しく記されている点にある。都市が暴動や食糧供給、貧困対策などの具体的な諸問題にどう対応したかということを、議事録から浮かび上がらせることが本研究課題の最終的な目標である。2020年度は最終年度の準備段階として、議事録分析を継続して行っていきたい。
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Causes of Carryover |
2019年度は所属する部局の役職にあたっていたので海外出張が難しいことが当初からわかっており、その任期満了後、2020年度後半にはサバティカルを認められているため、2020年度に外国出張を行うことを計画し、同年度に使用する目的で研究費を確保していた。 すでに史料調査を行う文書館(リヨン市文書館、ローヌ県文書館、フランス国立文書館、ヴァチカン図書館)や研究所の行先も決めて、航空券やホテルを予約しているものの(2020年12月~2021年1月に出張)、2020年4月現在、世界的なコロナウィルスの流行により、計画の変更も視野に入れる必要があるかどうかを考えているところである。
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Research Products
(3 results)