2022 Fiscal Year Research-status Report
フランスにおけるもう一つのマイノリティ―黒人、国民史、歴史認識
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18K01046
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Research Institution | Musashi University |
Principal Investigator |
平野 千果子 武蔵大学, 人文学部, 教授 (00319419)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 国民史 / 植民地史 / 黒人史 / フランス史 / 歴史認識 / 人種主義 / マイノリティ / ジェンダー |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度には『人種主義の歴史』(岩波新書)が無事に刊行された。昨年度も報告したように、本書は人種主義の歴史をコロンブスの時代からおよそ現代までを通観したもので、本科研の個々のテーマの研究を進める傍ら書き進めてきた。依頼による仕事という意味では、本研究の大いなる副産物だったと言える。 昨年度はさらに、コラム2点の執筆を終えた。一つは1970年に発足したフランコフォニー国際機関をテーマに、創設の経緯から現状までをまとめたものである。これはフランス語を共通軸に、フランスと旧植民地が文化・技術面での協力関係をめざすなかで生まれた組織である。最終決定権はやはりフランスがもっていたものの、フランスが前面に出ると新植民地主義とみなされる恐れがあるため、従来は、独立後のアフリカ諸国がイニシアティヴをとったと語られてきた。実際、旧植民地のフランスへの依存が基盤とした組織だったが、近年では国際情勢の変化から、アフリカ諸国の姿勢もフランス一辺倒ではなくなってきている。そうした変遷も含め、独立後のアフリカ諸国の歴史認識を捉えるという意味で、示唆することの多い組織であるのは間違いない。 もう一つのコラムは、ジェンダー史に関するものである。フランス植民地史におけるジェンダー、あるいは家族の問題に注目されるようになったのは、比較的新しいことに属する。植民地における家族関係は、支配にも重要な影響を与える。最たるものは、いわゆる「混血」の存在であろう。いずれの植民地にも共通することとして、支配の当初は支配者/被支配者間の性的関係は普通にあったものの、支配が深まるとフランス側から好ましくないとされていったことがある。いわゆる「混血」という双方の要素をもつ者が、支配の境界を曖昧にしかねない点が危惧されたからである。とくに黒人がかかわるテーマとしても、今後の探究にも大いに生きてくる側面となるはずである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、植民地支配の歴史を視野に入れた際の、フランスの歴史認識を問い、その国民史の書き換えの試みを大きなテーマとして設定している。2022年度に向けては『人種主義の歴史』の次の段階として、第二次世界大戦後のフランス史を、「新しい市民」を含めて書き換えることを目標として記していた。人種主義の歴史を包括的に鳥瞰したことを基盤として、改めてフランス史、とりわけ大戦後の現代史を見直すことで、本研究の核心に入っていけると考えている。このテーマに関しては、最終的には一書にまとめる手はずになっており、この執筆にとりかかったところである。 大戦後の歴史を綴るのには、いくつか核となる時期がある。一つは言うまでもなく植民地が独立した1960年前後である。それに関してはすでに『新しく学ぶフランス史』(ミネルヴァ書房、2019年)で概観しているが、昨年度、フランコフォニーをめぐるコラムをまとめたことで、改めてこの時代に立ち返るきっかけをつかめた。『人種主義の歴史』ではおよそ現代までを扱ったものの、第二次世界大戦後についてはエピローグ的に概観したにとどまっている。独立をめぐる状況に関しても、人種主義的側面を見定めることは重要な作業であり、その意味でも昨年までの仕事は大きな糧となる。それらを生かしつつ、新たに第二次世界大戦後という時代を深めることができると考えている。 またジェンダーの視角をどう生かすかを、昨年度の報告書では今後の課題として挙げていた。それについては、もう一つのコラムでジェンダー史における植民地の問題に向き合うこととなり、状況を若干なりともまとめることができた。フランス史自体をジェンダーの視角から捉えることは、いまだ学界としても試行錯誤が続いている状況である(同前)。本国と植民地の相互作用のなかにこうした論点を盛り込むべく、他の植民地帝国の例を参照しながら思考を進めているところである。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度は、本研究の最終年度となる可能性が高いため、総まとめができるように準備をするつもりである。それにあたって大きく2点の作業を予定している。いずれも本研究の目的に関わることで、一つはフランス現代史の書き換えの試みである。上記のように、2022年度にすでに着手した作業ではあるが、これから様々な論点が浮上すると考えられる。さしあたり、昨年度までにまとめた人種主義の歴史や、国民史の語りをめぐる研究(『思想』第1163号)も活用しつつ、進めていきたい。 フランス史の書き換えの試みという大きな目標の基礎的作業として、本研究ではフランスにおける「黒人」の歴史について鳥瞰することを、もう一つの柱としていた。そのため第二次世界大戦に先立つ時代についての足固めも継続して行う予定でいる。それが二点目である。具体的には戦間期の状況を調べることがあげられる。本科研の開始以前に、すでに予備的段階として、近世や第一次世界大戦期については研究を公にしていたし、本研究の開始後も、フランスの「黒人史」について時代を追って調査を進めてきた。ナポレオン期における状況など、具体的な成果も刊行することができた。したがって20世紀に入って以降の戦間期について、ある程度の具体的展望を得ることが、総まとめに向かうのに不可欠のことと認識している。 戦間期は、植民地で民族運動が広がる時代でもあるが、本科研では単にそのような事象に着目するのではなく、むしろ本国に到来する植民地出身者と本国の人びととの間に生じる相互作用や、フランスの一部となっていく存在などに注意を払うことになる。そうした側面を長期的に観察することは、国民史に占める植民地の位置や重要性を具体的に把握する一助となるだろう。昨年度の問題意識と同様、ジェンダーの要素も想定しており、そのことが本研究の総まとめに有用な視点を提供すると考えている。
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Causes of Carryover |
2022年度は、当初は海外出張に出かけることも視野に入れていたが、ある程度まとめの時期に入ったことから、日本で入手できる資料を活用しながら調査を進めて、執筆を続けることとした。加えて他の研究費を得ることができたため、本科研研究費からは、コンピュータを購入したほかは、大きな出費を強いられることもなく、一年を終えることができた。以上の理由により、若干の残高を次年度使用にまわすこととなった。 研究期間が一年延びることにより、着手したばかりの執筆を進めていく時間的余裕が得られるだけでなく、全体を包括的に見直し整理する期間をおくことができる点も記しておく。
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