2020 Fiscal Year Research-status Report
Rape suits disguised - what were the husbands' true wish ?
Project/Area Number |
18K01225
|
Research Institution | Komazawa University |
Principal Investigator |
北野 かほる 駒澤大学, 法学部, 教授 (90153105)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 中世後期イングランド社会 / rape / 民事侵害訴訟(rapeの) / 婚姻継続困難被害申立 / 民事離婚(教会法によらない) / 重罪私訴 (rapeの) / 正式起訴(rapeの) |
Outline of Annual Research Achievements |
感染症流行により海外での原史料調査ができなかったため、国内にてウェブ環境での史料調査を行った。具体的には、従来主要な調査対象としてきた「王座裁判所裁判記録集民事編」に登載されているrape被害の民事訴訟事案に加えて、「同刑事編」に登載されるrape犯行の正式起訴(陪審起訴)事案および「同民事編」に登載されるrape重罪私訴および同重罪私訴の訴訟遂行懈怠により「同刑事編」登載に移行するrape重罪私訴事案にまで調査の範囲を広げた。 史料の調査範囲を広げたため、調査の時間的範囲の進行速度は落ちたが、訴訟開始手続類型の違いによるrape関連訴訟の趨勢の差異がかなり明確になった。主要な判明点は以下の通り。(比較可能な調査範囲は1399~1409の10年=40開廷期) ① 夫による「妻のrapeおよび連れ去り」の民事侵害訴訟が圧倒的に多い(年4回の開廷期について平均20件ほど) ② 被害女性および未婚の被害女性の父のみが提訴適格を認められる重罪私訴の案件は少ないが、私訴内容が定型文でなく、私訴に至る背後にそれぞれかなりのいきさつがあったことを推測させる(新規の提訴は3~4年に1件程度) ③ 正式起訴事案も極めて少ないが、同一人物が相当期間にわたる複数の「強姦」案件について起訴されるなど、地域の法共同体として放置しえない事態であることがうかがわれるものが目立つ(新規の提訴は2年に1件程度) 訴訟係属の期間を含めてなお確認を要するが、ここから、当時の社会における"rape"の法的位置づけが複数あったこと、これが上記①~③の訴訟開始手続類型の違いとなっていることが推測できる。すなわち①は夫が妻の婚姻継続資格喪失を主張したい場合、②はなんらかの理由で不誠実な相手に婚姻を迫りたい場合 ③は共同体が許容できない「人妻誘惑者(地元の聖職者である場合が多い)」に制裁を与えたい場合 に採用された可能性が高い。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
世界的な感染症流行により海外渡航調査が事実上不可能となった。2020年度は現地調査以外の調査手段がほとんどない「教会裁判所」の記録を基に、一般庶民層での「教会法上の離婚」の実態を調査する予定だったが、これが全くできなかった。 ただし、2019年度のロンドンのランベス博物館調査から明らかになったように、中世イングランドでは教会裁判所に体系的な裁判記録保管システムがなかったことを確認する結果に終わる可能性はあった。 すなわち、記録を作成することになっていた司教区の教会裁判所の記録は、司教の“転任”ないし実際に司教裁判所の裁判業務を担当していた裁判担当大助祭の“転任=昇進”による任地移動に際して携行された可能性が高い。このため、制度としては存在したはずの「教会裁判所」は実務の際には作成されたはずの記録の体系的保管機能を果たし得なかった。すなわち、裁判記録作成が裁判所にではなく担当裁判官の職責とされた結果、記録保管が「組織」でなく「人」の問題となるという、世俗でも地方裁判管轄レベルに依然認められた状態が教会裁判関係では常態であった。ここから、記録残存状況には相当なムラあるいは欠損があるものと推測されるため、実際には、渡航調査の結果「統計的趨勢」を導くに足るだけの記録の残存は認めにくい」という結論になった可能性はある。しかし歴史学では「使える資料がないあるいは少ない」ことの確認は往々にして極めて困難であるから、調査結果が上記のとおりになったとしても、現地調査の結果「歴史研究にとって重要なことがわかった」ことになったはずであるとは言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
受給最終年度を一年延長するかたちになったが、昨年度想定外に世俗裁判における"rape"事案の調査範囲を広げることとなった結果、イングランド中世後期には事実上王の裁判に統一されていた世俗裁判権のもとでの"rape"事案の扱いには、訴訟開始手続類型の差異に応じた「事案そのものの類型」の違いがあった可能性が高いという新たな推論について、これを固めるに足るだけの事例の収集に調査分析の力点をシフトしたい。 これは、今年度に入ってなお、おそらく晩秋以降になるまで、落ち着いた海外渡航調査の計画を立てにくい状態が続く危険性がある以上(そもそも文科省が短期間の海外調査についてさえ相手国の渡航許可を取るよう要求している)やむを得ない調査方向および方法の転換であると考える。 世俗裁判権による"rape"民事裁判管轄が、おそらくは事実上の民事離婚手段として使われていたという当初の仮説は、統計的に裏付けられたとの感触を持っているが、調査範囲を他の訴訟回して続き類型事案にまで広げたことにより、起訴数がそもそも少なくまた有罪判決例はほぼ皆無であるとはいえ、法共同体が許しがたいと考える「生秩序紊乱行為」としての「強姦」という犯罪行為類型を認識する感覚も、当時の社会にはあったことを加味し、これら現代人の観点からすれば「典型的なレイプ」に対する社会の姿勢を捕捉したうえで、中世後期イングランドにはこうした「典型的な犯罪としてのレイプ」ではなく、形式的な婚姻関係外での異性関係について、むしろそちらの恒常性の優越を前提とした「形骸化した婚姻関係継続の断念」の公知手段としての「民事侵害訴訟としての"rape"」が、相当広範に利用されていた可能性が高いことを、他の訴訟類型の場合と異なりこの類型の裁判だけは裁判所がどれだけ長期化しても訴訟当事者も懈怠を続ける陪審もとがめる様子がなかった事実との関係において理論化する。
|
Causes of Carryover |
予定していた海外渡航調査が不可能であることが、年度前半にほぼ確実となったため、世界的な感染症流行状況の沈静化および海外渡航調査の平常化に期待して、予定していた調査を完全に次年度送りとしたため、敢えて調査費用を温存する措置を執った。 日本国内のワクチン接種状況によるいわゆる「ワクチン・パスポート」取得を前提に、今年度の比較的遅い時期に、改めて、予定していた海外渡航調査を実施する。 平行して、日本国内から入手可能な原史料の写真ないしコピーの取得可能性について調査し、可能な限りそれらを入手するために、経費の一部を充当する(ただし必要な資料箇所の特定は海外からはほぼ不可能であると思われるため、この方法では充実した史料収集には限界があると思われる)。
|