2020 Fiscal Year Research-status Report
Exploratory Research for Establishing the Law of Payment System by Integrating Credit Theory of Money and Theory of Negotiable Instruments
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18K01369
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
伊藤 壽英 中央大学, 法務研究科, 教授 (90193507)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 決済手段 / キャッシュレス / 有価証券 / 決済サービス / 仮想通貨 / 暗号通貨 |
Outline of Annual Research Achievements |
貨幣の本質論として商品貨幣説と信用貨幣説を分析し、商品貨幣説は兌換性を前提とするものであるのに対し、信用貨幣説は、信用取引から生ずる負債を決済手段として利用すること、その利用のためには銀行制度・決済システムといった、社会的に信認できるシステムが必須であることを明らかにした。他方で、伝統的な決済手段である手形小切手は、このような銀行制度・決済システムのもとで歴史的に発展したものであるにも関わらず、手形小切手に固有の有価証券法理は、銀行制度・決済システムがなかった時代のルールであり、現代ではそもそも機能しない法原則であることも指摘される。したがって、信用貨幣と有価証券は、いずれも決済手段としての機能を共通の性質をもち、その利用については、社会的信認にもとづく決済システムを前提とすることが明らかにされた(拙稿「有価証券法理の再検討――信用貨幣論からのアプローチ」比較法雑誌52巻2号(2018年)179-210頁)。 以上の知見にもとづき、手形小切手・振込・クレジットカード等の伝統的な決済手段に関する取引実務・判例法理を渉猟し、有価証券法理の影響を強く受けた法的解釈に対し、信用貨幣論にもとづく統一的解釈が可能であることを示した。さらに、銀行制度のもとで形成されてきた決済システムの構造的特徴と、その特徴が個々の決済取引に反映せざるを得ないこと、個別の決済取引から生ずる紛争の解決が、決済手段・決済システムに対する社会的信認につながることを明らかにした(拙稿「決済法制に関する一考察」日本比較法研究所70周年記念『グローバリゼーションを超えて:アジア・太平洋地域における比較法研究の将来』(2020年)中央大学出版部:51-74頁)。 なお、20年度計画の予備的作業として、19年度にシンガポールを訪問し、サーベイを行ったが、口頭の打ち合わせにとどまり、研究成果として公表するに至っていない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、新たな決済手段と決済サービスについて、統一的横断的法規制の可能性について、経済学におけるいわゆる貨幣論と伝統的な有価証券法理を対比しつつ、理論的検討を踏まえ、その成果にもとづいて、電子的決済手段とその決済システムに関する統一的な法規制(規正)の可能性を明らかにするものである。 貨幣および有価証券の本質に関する理論的検討により、決済手段は、信用取引から生ずる負債であるという点で、共通することが明らかになり、この点から、伝統的な決済手段である手形小切手・振込・クレジットカード等に関する取引実務・判例法理を再検討し、いわゆる「手形理論(有価証券法理)のバイアス」を回避することができ、決済手段と決済システムの関係から、法的枠組みを検討することが重要であることが明らかになった。 比較法的考察の対象として、決済手段・決済サービスについて共通の法的枠組みを志向するEUサービス指令が参照されるとともに、2019年シンガポール決済サービス法もまた参考となる。シンガポール法との比較においては、済市場の規模と当局の監督規制の違いを認識することができた。すなわち、わが国においては、決済手段ごとにそれぞれ相当規模の市場が形成され、対応する取引実務・判例法理もまた、個別の決済手段の性格に応じて形成されてきたところから、かりにすべての決済手段に共通する法制度を企画しても、このような経緯を踏まえなければ、かえって社会的信認を失う可能性があることが判明した。本来であれば、EU・アジアの研究者等にインタビューし、さらに比較法的分析を進める予定であったが、このコロナ禍により叶わなかったものの、決済手段の本質に関する理論的分析、従来の取引実務・判例法理の再検討を行い、比較法研究の一部まで遂行したところから、概ね順調に進んでいるものと評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
近時話題となっている中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)についても、本研究の成果を応用できると考える。デジタル通貨は暗号資産(仮想通貨)と同様に、インターネットにおける利用を前提とする。本研究の対象となる決済システムは、あくまで決済手段と決済取引の関係から理解するのが前提であるが、デジタル通貨の決済システムについては、両面市場性と監督規制のあり方について、難しい課題を生起させる。 第一に、GAFA規制で問題となっているように、決済システムを提供する側に利用者がすべてロックインされることから、競争制限的な規制が必要となる。関連して、スマートコントラクトに見られるように、電子商取引と決済取引が結合して、自動的に処理されることの法的意義が問題となる。第二に、決済システムである以上、ある決済の失敗が全部の決済取引に影響するというシステミックリスクの問題がある。インターネットという性質から、そのリスクが容易に国境を越えるとすれば、国際的な監督規制を必要とすることとなろう。 本研究は、これらの課題に対処するための予備的な作業としての意味を持つ。たんにキャッシュレスの利便性だけでなく、国民経済のインフラを担う決済システムの安全性をどのように担保するかを視野に入れ、さらに新たな決済手段の開発による経済的インセンティブを阻害しないような法的枠組みが必要であるとすれば、規制と自由競争という「古典的な」視点からの検討も有用であると思われる。これにより、伝統的な理論・判例法理・取引社会の実務と、デジタル技術を用いた決済制度の法的枠組みを接合し、社会的信認を得るべき政策遂行の参考になるものと考える。
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Causes of Carryover |
海外におけるサーベイのための出張旅費および海外図書の購入について、コロナ禍の影響により支障が生じたため、使用実績を得ることができなかった。
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Research Products
(1 results)