2020 Fiscal Year Research-status Report
北東アジア認識から見た19世紀末英米露政治思想の比較可能性に関する複合的研究
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18K01412
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Research Institution | Nara University |
Principal Investigator |
竹中 浩 奈良大学, 社会学部, 教授 (00171661)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 北東アジア / ロシア帝国 / ブリヤート / シベリア地域主義 / チベット仏教 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度は、平成30年10月にロシア史研究会で行った報告「明治維新と大改革」に基づいて執筆した論文を公表し、前年度から続けてきた日露比較の研究に一応の形を与えることができた。この論文では、ヨーロッパと東アジアのいずれとも深い関わりをもち、双方を視野に入れることのできる存在としての日露の共通性に注目し、同時期に起こった大規模な歴史的変革である明治維新と大改革を対比することによって、ヨーロッパ及び東アジアと日露の関わりを特徴づけたものである。令和元年の著書で行ったロシア帝国についての研究を、地方行政やナショナリズムの特徴、自国の政治体制の輸出可能性についての認識といった観点に立つ比較研究へと展開する可能性を明らかにしている。 さらに令和2年度には、中国人研究者の協力を得て、令和元年に刊行した著書の重要な部分を中国語で発表した。これによって中国の研究者との共同研究に道を開くことが期待できる。上述の日露比較研究も中国研究への応用を強く意識したものであり、ともに本研究を国際的な学術交流に結びつけていく上で意味があると考えている。 令和2年度の後半は、令和元年のイギリスでの調査研究を発展させる形で、東シベリアにおけるキリスト教宣教団の活動及びシベリア地域主義について、国内及び英米露に所蔵されている文献の調査を行い、ロシア正教の宣教活動においてチベット仏教に対する強い関心があること、また19世紀後半のロシア政治思想において、シベリアとアメリカの類比や、連邦制という新しい国家像への注目が見られることを明らかにした。これらは今後新しい研究を促す知見である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本課題については令和2年度で研究を完了する予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大により果たせなかった。特に旅行の自粛が求められているため、調査・報告共に大きな制約を受けることになった。それゆえ、令和2年度に研究全体をまとめることを断念し(それについては令和3年度に行うこととする)、計画において挙げた四つのテーマのうち、残っている第一のテーマ、すなわちチベット仏教を信じるモンゴル系の人々に関する研究に力を注いだ。 帝政期のロシアは、中国やイギリスと競合する北東アジアの国際関係を有利に展開させるためにも、自らと中国の間にあるチベット仏教圏との関係を強めようとした。とりわけ自国内に住むブリヤートを同化し、忠実な帝国臣民にすることに努めた。そのための施策や基礎にある思想の解明は、研究計画の中でとりわけ重要な位置を占める。令和2年度は、同化政策全体の基本的な構図を明らかにするために、そこで文明、言語、宗教、人種といったさまざまな要素がどのように結合しているかに焦点を合わせて分析を進めた。 具体的には、東シベリアのザバイカリエにおける正教宣教団の活動と、1860年代ロシアに現れた政治的・思想的傾向としてのシベリア地域主義に注目し、イルクーツク大主教としてザバイカリエにおける宣教活動に力を注いだヴェニアミンと、歴史研究によってシベリア地域主義の形成に大きな貢献をした思想家であるシチャーポフを対比しつつ検討した。なお成果を発表するにはいたっていないが、研究は着実に進行しており、最終年度に論文の形にまとめるための見通しを得ることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
令和3年度は本課題についての研究の最終年度になるので、これまでの研究をまとめ、個別の分析をより大きな研究の枠組みに結びつける。ブリヤートの同化と正教宣教団の活動に関する研究を論文としてまとめ、公表した上で、これを令和元年までの研究とともに発展させて、帝国統治における文化と政治の関係という大きなテーマにつないでいく。そのために、ロシア帝国の東部辺境である北東アジア地域と、西部辺境である中東欧地域を結びつける視座を確立する。 北東アジアと中東欧の双方に領土を持つロシア帝国は、著しく性格の異なった民族を内に抱え込んでいた。例えばブリヤートは、帝国の支配層から見て、文化的には明らかに異質でありながら、政治的には概して無害な人々であった。これに対してウクライナ人は、文化的には支配層と近似していながら、政治的には緊張を生じさせる可能性を持っていた。文化的な異質性は必ずしも民族間の政治的敵対をもたらさず、文化的な近さは政治的な親和性を保証しない。今後は、このような文化と政治の複雑な関係が帝国統合に及ぼす影響について比較史的に明らかにしていく。 国際関係に目を向けるとき、北東アジアと中東欧には共通点がある。それは、いずれにおいても核になる大国が存在していることである。北東アジアにおいては中国であり、中東欧においてはドイツである。ロシアから見て、北東アジアにおいて中国が占める位置は、ドイツが中東欧において占める位置と共通した面を持っていた。それゆえ、本研究において採用した視点は、中東欧地域の諸民族との関係をめぐるロシア知識人の思想的な立ち位置を考える際にも適用することができると考えられる。今後、その方法を具体的に示していく。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの感染拡大のため、予定していた調査旅行、研究発表等がほとんどできなかった。令和3年度に事態が改善され、旅行が可能になれば、調査・発表のための旅行を行って研究を完成させる。旅行が不可能である場合には、入手可能な文献資料によって研究を行い、学術雑誌等に成果を発表する。
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Research Products
(2 results)