2020 Fiscal Year Research-status Report
所得のパレート分布に関する理論研究:技術進歩とグローバリゼーションを中心として
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18K01509
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
春山 鉄源 神戸大学, 経済学研究科, 教授 (70379501)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 所得分布 / パレート分布 / 経済成長 / 技術進歩 / Gini係数 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の主な目的は,次のような問に答えることである。所得分布の右裾はパレート分布に従うが,技術進歩の役割は何なのか?技術進歩によって成長する経済で,中低所得層を含む所得分布全体はどのように決定されるのか?高所得層のパレート分布形成においてのグローバリゼーションの影響は何か?このような問に答えるために,本研究プロジェクトでは,理論モデルの構築と数値計算をおこない新たな知見を創出することを目指す。具体的には,(1)パレート分布の基本モデルの構築,(2)ダブルパレート分布を発生させる拡張モデルの構築,(3)開放経済モデルの構築(4)連続体の経済からなる世界経済モデルの構築である。今年度,特に注力したのは(1)と(2)である。(1)では,より数学的に扱いやすい理論モデルに手直しするために,基本モデルの修正と簡略化をおこなった。これは起業家の人的資本の蓄積により所得が増えるJones and Kim (2018)の代表的な研究と一線を画すモデルとなっており,本研究プロジェクトの今後の土台を再構築することができた。これにより(2)のモデルの洗練化が可能となり,更には米国のデータに基づきカリブレーション分析をおこない,所得不平等に関する新たな知見を得ることができた。この過程でPythonによる数値計算が非常に大きな役割を果たした。またこのような結果は(3)と(4)に関する今後の研究に多大は影響を及ぼすと期待される。具体的な内容については次の欄で説明するが,研究結果は2020年日本経済学会春季大会とDiscussion Paperでも公開した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究業績の概要」で説明した研究方法の内,主に(1),(2),(4)に関して研究を進めた。(1)の基本モデルでは,起業家は財の質向上により利潤所得を増やし所得分布の「階段」を駆け登っていく。一方,参入企業のイノベーションにより創造的破壊が発生し,既存起業家は利潤所得を失い所得分布から「退出」する。この特徴は標準的な内生的技術進歩モデルにもあるが,所得のパレート分布を発生させたという意味では大きな意義がある。今年度注力した点は,この基本モデルの簡略化であり,研究プロジェクトに対してのその意義は2つある。第1に,(2)のダブルパレート分布のモデルの構築に大きく貢献した点である。単純にこの拡張モデルが完成しただけではなく,非常に明確な比較静学の結果をえることが可能となり,モデルの直感的な理解が容易となった。これは現実経済の理解のためには非常に重要な要素である。また米国のイノベーションに関連するデータを使い,カリブレーションをおこない,過去数十年間の米国での不平等の上昇の説明が可能となった。特に,declining business dynamismの問題が近年注目を集め,米国の生産性向上の足枷となっていると指摘されているが,本研究により,declining business dynamismによりGini係数やtop/bottom所得シェアは大きな影響を受けていることが明らかになった。第2に,モデルの簡略化によって,標準的な内生的技術進歩モデルに非常に近くなり,国際貿易を導入が容易になった。これは(3)の目的のためには非常に重要な点である。(4)に関しては,既に連続体の経済からなるモデルを構築してあり,経済がテークオフするにつれて経済間のGini係数が逆U字になることをシミュレーションで示している。基本モデルの簡略化により(3)と(4)の「融合」の土台が整いつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進捗状況 」で説明した基本モデルの簡略化により開放経済モデルの基礎ができたと言える。上でも説明したが,構築した基本モデルは標準的なシュンペーター的な技術進歩モデルの拡張であり,その性質上,国際貿易が導入しやすい形となっている。可能なモデルとしては,次のものが考えられる。一つは,基本モデルと同質の2経済を考えるバージョンである。そこで重要な変数となり得るのが輸送費用であろう。グローバリゼーションの重要な側面として輸送費用の減少があり,輸送費用の減少がそれぞれの経済でのパレート係数にどの様な影響を及ぼすかの考察が可能となる。現在の基本モデルから推測すると,輸送費用の減少は利潤を増加させ,新規参入企業と既存企業のR&Dを促進するが,既存企業のR&D投資が勝る可能性がある。その場合,パレート係数は減少することが予想され,所得分布の右裾はより厚みを増すことになる。すなわち,グローバリゼーションは不平等を助長する可能性があるということであり,この分野の最新の実証研究であるKeller and Onley (2021)と整合性がある結果が期待できる。グローバリゼーションのもう一つの側面として関税率の下落を同じように分析することも可能であろう。二つ目のバージョンとしては,基本モデルを小国開放経済として考え,同様の分析は可能であると思われる。このような国際貿易を導入したモデルの構築が中心となり,研究を進めることになるが,一方で,ダブルパレート分布のモデルのカリブレーションと連続経済モデルもより洗練された結果に落とし込む必要もあるので,そちらにも時間を割く予定である。
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Causes of Carryover |
海外研究者と情報交換などを目的として海外出張を計画していたが,コロナ禍により不可能になり予算の執行が遅れている。次年度には,コロナ問題が収束し海外出張が可能がなれば積極的に利用する予定である。また以前にiPadProを購入したがバッテリーの劣化が予想より激しいため,交換などが必要となるだろう。
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Remarks |
このサイトは春山が幹事として本研究プロジェクトに関連する研究会・ワークショップを開いている研究会を紹介するサイトである。
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