2019 Fiscal Year Research-status Report
French and Japanese socio-economic thoughts on Urbanization and Housing at the beginning of 20th Century
Project/Area Number |
18K01534
|
Research Institution | Tokyo Woman's Christian University |
Principal Investigator |
栗田 啓子 東京女子大学, 現代教養学部, 教授 (80170083)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 田園都市 / 労働者住宅 / 地方自治 / 内務省 / 技術官僚 / フランス |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は「研究計画調書」の予定通り、労働者住宅を重点的に研究するとともに、前年度の研究予定のうち達成できなかった部分を補完した。まず第一に、田園都市構想の検討において欠いていた、シャルル・ジッドの弟子でフランス田園都市協会を設立したジョルジュ・ブノワ=レヴィ(Georges Benoit-Levy:1880-1971)に関する資料の収集と読解を実施した。資料収集については、2019年8月にフランス国立図書館で作業を行った。 獲得した成果の一つは、ブノワ=レヴィとエミール・シェイソンとの間の関係の存在を明らかにしたことである。このことによって、ジッドに代表される協同組合系の「社会経済」とシェイソンのエンジニア・エコノミストの流れを汲む「社会経済」とが近い関係にあり、相互に影響し合っていることが判明した。 第二に、労働者住宅の改善については、「低廉住宅のための国民協会」の活動を中心に検討した。この中で、シェイソンと並ぶ第二世代のエンジニア・エコノミストであるクレマン・コルソン(Clement Colson:1853-1939)も住宅問題に熱心に取り組み、とくに労働者住宅が少子化への対応策になりうると発言していたことを明らかにした。低廉住宅が単なる格差是正の労働者対策にとどまるものではなく、19世紀末の少子化という幅広い文脈の中に位置づけられることを示し、現代日本への示唆を読み取る可能性が見えてきた。民間の活動の研究について、フランスの北部工業地帯の労働者住宅地域を訪問し、住宅建設と文化振興(図書館やスポーツ施設の設置など)が 密接に関連している点が、日本にはないフランスの独自性であることを明らかにした。しかし、日本の民間開発については、まだ十分に検討したとは言い難い。 最後に、大正期日本の田園都市構想を受け継ぐ戦後の構想として、大平正芳の田園都市構想の検討を開始した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、19世紀末から1920年代までの都市・住宅をめぐる「社会経済」思想の日仏比較をテーマとして、文献研究と実地調査を組み合わせた研究方法を採用している。2018年度は田園都市構想、2019年度は労働者住宅を中心に研究を展開した。 文献研究)日本について、明治40年に内務省地方局が出版した『田園都市』や『欧米自治救済小鑑』(内務省、明治43 年)などの内務省関連の資料を精査するとともに、技術官僚の社会的位置づけを検討した。2019年度には、内務技術官僚である宮本武之輔を取り上げ、彼の「社会的技術者」概念とシェイソンの「社会的エンジニア」概念の比較分析を開始した。井上友一など『田園都市』刊行に携わった人々の外にも、技術的専門性を広く政策決定に生かそうとした宮本などの技術官僚の存在を見出した意味は大きいと考える。フランスについては、パリ近郊の田園都市建設を主導したアンリ・セリエ(Henri Sellier 、1914年にセーヌ県の廉価な住宅供給局を開設し、1942年まで局長を務めた)の著作『みんなのための都市(Une cite pour tous)』を分析し、住宅政策における地方自治体の重要性を明らかにした。これは、明治期日本の地域活性化の視点からの内務省の田園都市構想の評価につながる可能性がある。 実地調査)2018年度は、セリエが手がけたパリ近郊のStains、Suresnesの田園都市およびランスの田園都市を調査した。2019年度は、北部工業地帯の労働者住宅街を実地調査した。その結果、日仏の理論的、思想的な差異だけでなく、実際の都市デザインや建造物のデザインの違いが工業化の段階の相違だけでなく、居住権を人間らしい暮らしに欠かせないものと捉える人権観念の相違によっても生み出されていることがわかった。 以上のことから、研究計画は7割ほど実現されていると言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
日本における民間、とくに企業家による労働者住宅供給に関する研究が遅れているので、最終年度に、その部分に力を入れる予定である。まず第一に、思想研究として、蒲田の「吾等が村」の黒澤貞次郎の分析を進展させる。実地調査については、covid19の影響で不確実性が伴うが、秋以降に、日立鉱山などの見学と軽井沢のアメリカ屋(橋口信助)が田園都市構想に基づいて開発した別荘地および和歌山県新宮市の西村伊作記念館の見学を実施することにしたい。 最後に、最終年度の総括としては、1) 日仏の住宅改善と生活改善の関連性の異同を確定する。日本においては、明治末期の田園都市構想と生活改善運動との関連、フランスにおいては、北部炭田地域とパリ近郊の田園都市構想と各種アソシアシオン(禁酒などの生活改善運動と文化・趣味に関わるクラブ活動)との関連の比較検討を通じて、「快適性」の思想を摘出する予定である。日仏における「快適性」の追求が認められる社会階層の差異の解釈が重要な論点になると考えている。2)労働者住宅建設と比較しながら、田園都市構想が市場万能主義や成長至上主義への穏健な批判として機能していた点を明確にする。この点については、当初の予定にはなかったが、大平正芳の田園都市構想と津幡修一の農村休暇・自由時間都市という考え方といった戦後日本にまで時代を広げて考察したいと考えている。
|
Causes of Carryover |
2019年度に予定していた調査旅行のうち、国内における調査を実施することができなかった。副学長職に伴う校務繁忙がその理由であった。その結果、旅費として使用したの は2019年8月16日から28日に実施したフランスへの渡航費のみとなった。さらに、パリでは、知人宅に宿泊し、宿泊費も削減できることになった。 次年度使用額は、主に実地調査のために使用する。具体的には、当初から2020年度に予定していた調査旅行(ブノワ=レヴィが理想としたドルグ鉱山会社の田園都市の視察と西村伊作の新宮の記念館の見学)と並んで、2018,2019年度と2年間にわたって実施できなかった国内分、すなわち、 日立鉱業の労働者住宅に関する現地調査および軽井沢アメリカ屋(橋口信助)の田園都市構想に基づく別荘地開発に関する現地調査の費用に充てることにしたい。
|
Research Products
(1 results)