2020 Fiscal Year Research-status Report
French and Japanese socio-economic thoughts on Urbanization and Housing at the beginning of 20th Century
Project/Area Number |
18K01534
|
Research Institution | Tokyo Woman's Christian University |
Principal Investigator |
栗田 啓子 東京女子大学, 現代教養学部, 教授 (80170083)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 社会経済 / 田園都市 / 労働者住宅 / 地方自治 / 内務省 / 技術官僚 / フランス |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、19世紀末から1920年代までの都市・住宅をめぐる「社会経済」思想の日仏比較をテーマとして、文献研究と実地調査を組み合わせた研究方法を採用している。2018年度は田園都市構想、2019年度は労働者住宅を中心に研究を展開した。2020年度はコロナ禍の影響を受けて、国内、国外とも実地調査を実施することができなかった。 したがって、2020年度の研究実績としては、文献・資料の検討のみに止まっている。日本の思想研究では、1)職住近接の田園都市としての工場村の分析(蒲田の「吾等が村」の黒澤貞次郎の工場村とヤンマー山村孫吉の農村精密工場)、2)明治期の内務省地方局の『田園都市』の延長線上にある大平正芳の田園都市構想(具体的には、香山健一の田園都市国家構想)という「上から」の田園都市構想、3)渋沢栄一や小林一三といった企業家による田園都市形成という3つの異なった特徴を持つグループを比較考量した。共通点は、商業施設、医療・教育サービス、社交クラブなどの類似の道具立てを重視していることであり、フランスの田園都市構造に見られる、健全なコミュニティ構築が目的とされていたことがわかった。相違点は職と住の距離の違いであり、民間の住宅地開発としての田園都市は工場からの隔離を前提としており、田園都市構想が本来持っていた「社会経済」思想の中核をなす職住近接の理念は見られない。 フランスについては、ジェーン・ジェイコブスが提唱した「社会的共通資本としての都市」概念を援用し、19世紀末から20世紀にかけての田園都市(構想)の特徴の整地を行なった。その結果として、都市の構造(道路や区画の設計など)とコミュニティにおける文化の創造・維持の機能の間にある程度の関連性を見出すことができた。この関連性が「社会経済」思想の本質の一つと言えるのかは2021年度の検討課題になる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、19世紀末から1920年代までの都市・住宅をめぐる「社会経済」思想の日仏比較をテーマとして、文献研究と実地調査を組み合わせた研究方法を採用している。文献研究は概ね順調に進展しているが、実地調査については、2020年度にコロナ禍の影響で予定を全て延期せざるを得なかったので、2021年度にはリカバーする努力が必要である。 文献研究) 日本について、『田園都市』や『欧米自治救済小鑑』などの内務省関連の資料を精査する とともに、井上友一や宮本武之輔らの技術官僚の社会的位置づけを検討した。民間の「社会経済」思想を発掘するために、黒澤貞次郎や山村孫吉といった工場主と渋沢栄一や小林一三といった住宅地開発の主導者の思想を分析した。フランスについては、田園都市協会の代表的メンバーであるシェイソンやブノワ=レヴィの著作を通じて、田園都市構造のフランス的特徴(アソシアシオンの重要性)を抽出し、パリ近郊の田園都市建設を主導したアンリ・セリエの著作『みんなのための都市(Une cite pour tous)』を分析し、住宅政策における地方自治体の重要性を明らかにした。これは、明治期日本の地域活性化の視点からの内務省の田園都市構想の評価につながる可能性がある。 実地調査) 2018年度は、セリエが手がけたパリ近郊のStains、Suresnesの田園都市およびランスの田園都市を調査した。2019年度は、北部工業地帯の労働者住宅 街を実地調査した。その結果、日仏の理論的、思想的な差異だけでなく、実際の都市デザインや建造物のデザインの違いが工業化の段階の相違だけでなく、居住権を人間らしい暮らしに欠かせないものと捉える人権観念の相違によっても生み出されていることがわかった。2020年度に予定していた実地調査は可能であれば、2021年度に実施したい。
|
Strategy for Future Research Activity |
日本における民間、とくに企業家による労働者住宅供給に関する研究が遅れているので、2021年度には、その部分に力を入れる予定である。実地調査については、コロナ禍の影響で不確実性が伴うが、秋以降に、日立鉱山などの見学と 軽井沢のアメリカ屋(橋口信助)が田園都市構想に基づいて開発した別荘地および和歌山県新宮市の西村伊作記念館、小林一三の宝塚地域の住宅地開発の見学を実施すること にしたい。 フランスにおける実地調査は可能であれば実施するが、現在の状況ではかなりの困難を伴うと予測されるので、これまでの調査を有効に活用することを原則とする。 最後に、最終年度の総括としては、昨年度掲げた目標と重なるが、1) 日仏の住宅改善と生活改善の関連性の異同を確定する。日本においては、明治末期の田園都市構想と生活改善運動との関連、フランスにおいては、北部炭田地域とパリ近郊の田園都市構想と各種アソシアシオン(禁酒などの生活改善運動と文化・趣味に関わるクラブ活動)との関連の比較検討を通じて、「社会経済」思想の一つの柱と考えられる「快適性」の思想を摘出する予定である。「快適性」の追求が認められる社会階層の解釈の日仏における差異が重要な論点になると考 えている。2)労働者住宅建設と比較しながら、田園都市構想が市場万能主義や成長至上主義への穏健な批判として機能していた点を明確にする。この点につい ては、当初の予定にはなかったが、大平正芳の田園都市構想と津幡修一の農村休暇・自由時間都市という考え方といった戦後日本にまで時代を広げて考察したいと考えている。
|
Causes of Carryover |
2020年度は日本における実地調査に力を入れるとともに、フランスでもブノワ=レヴィが理想とし たドルグ鉱山会社の田園都市の視察を予定していたが、コロナ禍のために実施することができなかった。そのために、旅費が手付かずのままに残ってしまった。 2021年度予算は、主に実地調査のために使用する。状況が許せば、2020年度に予定していた調査旅行(ドルグ鉱山会社の田 園都市の視察)を実現したい。ただ、現在の状況で渡航することはかなり困難だと思われるので、日本での実地調査を中心に実施していくつもりである。2020年度に予定していた西村伊作の新宮の記念館の見学と並んで、2018,2019年度と2年間にわたって実施できなかった国内分、すなわち、日立鉱業の労働者住宅に関 する現地調査および軽井沢アメリカ屋(橋口信助)の田園都市構想に基づく別荘地開発に関する現地調査の費用に充てることを考えている。
|