2018 Fiscal Year Research-status Report
特許審査過程の行動経済学的解明:審査効率と品質の改善に向けた政策研究
Project/Area Number |
18K01620
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
中嶋 亮 慶應義塾大学, 経済学部(三田), 教授 (70431658)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 特許審査 / 先延ばし行動 / 心理的負荷 / 準双曲線割引 |
Outline of Annual Research Achievements |
特許重視政策が世界的潮流となる中、各国特許庁は特許審査の迅速化に取り組んできた。その一方で、高速な特許審査が特許審査の質を低下させているという指摘もある。本研究課題の目的は行動経済学の知見に基づき、特許審査官の心理的要因が審査の「量」と「質」の二律背反を生み出していることを実証的に解明することである。 平成30年度は、特許審査官に負荷される時間圧力が特許審査官の先延ばし(procrastination)行動にあたえる影響を大規模行政データによって検証するというプロジェクトに取り組んだ。そのために、まず、USPTO Patent Examination Research Datasetから審査過程履歴に関する詳細なマイクロデータを抽出し、事前作業としてデータ洗浄を実施した。さらに、特許審査官の探索的な最適停止問題を準双曲線割引によるβ-δモデル(O'Donoghue, and Rabin 1999, AER)に依拠する動的計画問題として定式化した。その上で、カリブレーション分析を実施し、特許審査に負荷される時間圧力の増減が、審査時間の変化を介して「駆込査定」発生に与える複合的影響を定量化することに成功している。 この作業では、計算科学や数値解析水準まで対処するよう設計されたプログラミング言語であるJuliaを援用することで、様々なパラメータセットアップに対しての詳細な行動予測が可能となっている。最終的なプロジェクトの目標は、審査開始から一時次査定終了までの継続時間データを利用して、サーチモデルの構造推定を実施することになるが、そのための下準備は本年度でほぼ終了したといえる。 なお、本年度の研究成果については、慶應義義塾大学の応用経済学ワークショップで報告するとともに他大学での経済セミナーで報告し、今後の研究展開についての方向性を確認することが可能となっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
特許審査官の心理性向に着目し(1)審査過程で負荷される時間圧力が審査品質の低下をもたらすメカニズムを実証的に明らかにすること、(2)その実証結果を踏まえ、高速かつ正確な審査を達成する初歩戦を提案することという本研究の2つの目的のうち、平成30年度は、前半の目的に集中的に取り組んだ。 当初の研究計画では、初年度は(a)データベースの構築と記述統計分析(b)特許審査における先延ばし行動の分析を実施するという目標を立てたが、これらについては、順調といえる進捗状況である。 (a)についてはメインのデータベースであるUSPTO Patent Examination Research Datasetからのデータ洗浄を実施した。 (b)については、当初、(b-1) プロジェクト時間配分モデルに基づく誘導型推定を実施したのち、(b-2) 準双曲線割引によるβ-δモデルを利用した構造推定という作業を実施する予定であったが、後者の課題に先に取り組んだ。ここでは、審査開始から一時次査定終了までの継続時間を表す先延ばし行動モデルを動的計画問題として定式化し、シミュレーションにより数値解析的にモデルの定量的特性を明らかにすることができた。当初はサーチモデルの数値計算に多大な時間がかかり、構造推定における多大な計算時間発生の問題が懸念される事態となったが、数値計算プログラミング言語であるJuliaを習得し、対象となる問題に当てはめることで、効率的かつ高速な計算が可能となった。このことは、次年度以降に計画しているマイクロデータに依拠する特許審査官の先延ばし行動モデルの構造パラメータの推定につながる大きな成果ということができるだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究計画としては、特許審査過程で負荷される時間圧力が審査品質の低下をもたらすメカニズムの実証的解明という作業に引き続き取り組んでいく。具体的には、特許審査における先延ばし行動を準双曲線割引によるβ-δモデルで定式化し、その行動モデルの構造パラメータを推定するという作業に取り組む予定である。 本年度の研究から、データ構築およびデータ洗浄という事前作業は終了しているので、そこから得られた特許審査開始から一次査定終了までの継続時間に関するマイクロデータをもとに準双曲線割引によるβ-δモデルの構造推定を実施する。この構造推定作業では労働経済学および実証産業組織論の分野で開発された様々な動的離散選択モデルに対する計量経済学の技法を活用する予定である。 この作業と並行して、準双曲線割引によるβ-δモデルに基づく誘導型推定も実施する。ここでは特許審査に負荷される時間圧力の増減に着目し、審査時間の投入量変化を介して「駆込査定」発生に与える複合的影響を定量化することを試みる。これは前年度に構築した理論モデルに依拠する時間圧力と「駆込査定」の関連を実証する試みともいえる。モデルによる理論予測では、審査官の時間割引が指数型ならば、先延ばし行動は誘発されず、「駆込査定」も発生しない。従って、時間圧力の変動が「駆込査定」の発生に体系的な影響をあたえることが観察データから確認されれば、それは双曲線割引をもつ審査官の行動を記述する準双曲線割引によるβ-δモデルの妥当性を担保できたといえるだろう。
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Causes of Carryover |
物品の配送金額(その他に計上)が当初予想した金額を下回ったため、次年度使用額9,589円が発生した。この次年度使用額は当該年度以降分として請求した助成金700,000円とあわせて使用する。特に次年度3月に予定している学会報告のための国外出張旅費に充当して利用する計画である。
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