2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
18K01663
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
斉藤 都美 明治学院大学, 経済学部, 准教授 (00376964)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 公共財 / 市場の失敗 / 政府の失敗 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度は公共財とされる灯台が、江戸時代に誰がどのようにして供給していたか、民間組織の役割に焦点を当てながら分析した。また福井県にある福浦灯台と下関にある白洲灯台の2つの灯台について、ケーススタディも行った。本年度は分析結果を論文にまとめて国際査読誌へ投稿し、リバイズを経て公刊に至った。査読のコメントに、「民設灯台の立地に特徴があるか調べよ」とあったため、全灯台の緯度経度などを確認して地図上に示した。この作業にかなりの時間を要した。結果的に論文は受理され、昨年度刊行された。 この研究により、以下のことがわかった。まず、江戸時代には民間により建設・管理運営された灯台が多く存在した。また灯台の技術的特徴(高さ、光達距離、材質など)に、建設者の公私の別による差異は認められなかった。だが民設灯台の中には、のちに藩主からサービス提供の排他的な権利を与えられたものもあり、こうした公的権力の関与が長期にわたる灯台サービス供給を可能にしていた可能性がある。さらにすべての民設灯台は港に立地し、岬や海峡には立地していなかった。これは港では特定の利用者が繰り返し利用するため利用料の徴収が容易だったが、岬や海峡では不特定多数の船舶が航行するため、利用料徴収が困難だったことが要因の一つと推察される。以上の結果を上記論文にまとめた。 加えて本年度は、明治に入って灯台がどのように供給されてきたか、今度は「政府の失敗」の観点から分析をしている。明治に入ると外国人技術者の指導のもと、多額の予算を投じて近代灯台が建設される一方、民設灯台の建設は禁止された。だがいくつかの資料によると、国による灯台供給は必ずしも地元のニーズを反映していなかった。海難事故のデータと灯台建設のデータを組み合わせることで、政府による灯台供給を費用便益的に評価できないか検討中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の中心的課題である「江戸時代における灯台の民間供給」については分析が完了し、論文にまとめて刊行した。("Lighthouse Provision in Premodern Japan", Economic Inquiry 57(3), pp. 1582-1596)学会報告や査読の過程で、民設灯台の立地について調べるようアドバイスがあったため調べた結果、民設灯台がすべて港に建設され、海難事故が多い岬や海峡には建設されていないことが判明した。この事実は統計数字には表れない民間組織による公共財供給の重要な限界を明らかにしており、本研究課題の大きな研究成果の一つだと考えている。また本研究成果は勤務校における広報誌にも掲載し、一般向けに広く解説した。これら理由から、本研究課題の中心テーマは順調に進展している。 一方で、今年度から開始した明治に入ってからの政府による灯台供給のテーマについては、思うように進捗していない。その理由は次の通りである。当初の予定では、灯台への需要を海難事故のデータで代理する予定だった。事故が多い海域ほど灯台が必要であろうとの考えからである。だが統計資料を探した結果、江戸後期や明治に入って間もない時期の海難事故については、包括的なデータが存在しないことがわかった。このため政府が危険な海域から重点的に灯台を供給したかどうかを判別する手立てが十分でなく、客観的な分析を進められていない。ちなみに供給については灯台の建設・運営費用を含めて多くの情報が存在する。 以上のように、1つのテーマについては順調に進展しているが、もう1つのテーマについては十分に進展していないため、「おおむね順調に進展している」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度重点的に取り組んできた、明治に入ってからの「政府の失敗」についての研究は、データの入手可能性から定量的な分析には限界があると考え始めており、現在次のテーマを検討中である。 それは灯台以外の公共財について、灯台で行ったのと類似の分析を行うことである。たとえば港湾を考えてみる。大きな船舶が停泊できる港湾があることは、その地域に大きな経済的恩恵をもたらすだろう。だが港湾もまた、公共財的側面を持つ。便益に見合った費用負担が困難となってフリーライド問題が発生し、社会的に見て質・量とも十分な港湾が供給されない可能性がある。 また港湾が興味深いのは、近隣の港湾が競争相手になる点である。たとえば横浜に灯台があったとき、近隣の川崎に新たに灯台が建設されたとしても利用者を奪われるわけではないだろう。むしろ両灯台が安全な航海ルート上に位置することで、全体の利用者が増加する可能性もある。だが港湾の場合、すでに横浜に港湾があったとき川崎に港湾が建設されると、船舶の利用者を奪われる可能性が高い。産業組織論の参入阻止理論によれば、この状況で有効な戦略は、他に先んじて大きな港湾施設を建設して利用者を確保することで、後発の参入を阻止することである。このように港湾施設は、公共財の過小供給問題に直面すると同時に、近隣地域と競争関係にあるため早く大きな港湾施設を建設したいというジレンマに直面している。この点は灯台と異なり興味深く、公共財や産業組織論の理論をベースに歴史を眺めることで、新たな視点を提供できないか模索している。 また港湾以外にも空港や鉄道についても同様の見方は成立する。より興味深い分析ができる対象に焦点を絞り、分析を進める予定である。
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Causes of Carryover |
学内業務の都合により、予定していた国際学会への参加を1つ取りやめたため次年度使用額が生じた。 今年度参加が可能であれば使用する計画である。
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