2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
18K01663
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
斉藤 都美 明治学院大学, 経済学部, 教授 (00376964)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 公共財 / 市場の失敗 / 政府の失敗 / 非営利組織 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は次の2点に取り組んだ。第一に、明治政府による近代灯台建設の「政府の失敗」についての予備調査である。江戸時代に多くの民設灯台が建設されたが、明治に入ると民設灯台の建設は禁止され、政府による近代灯台の建設が進んだ。工部省は1870年から78年にかけて年間予算の20%から45%を灯台建設に割り当て(藤岡洋保『ライトハウス』p. 130)、英仏からブラントンなど技術者を呼び寄せて近代灯台の建設に着手した。だが政府による灯台建設は当初、西欧列強の定期航路の安全を確保する灯台建設が優先され、国内の小型船舶の安全に資する灯台が十分に建設されなかったことが指摘されている。政府による灯台建設が各地のニーズを反映しなかった背景には、西欧諸国による圧力もあるが、①各地方における灯台のニーズは「場の情報」(ハイエク)であり政府が正確に把握するのが困難だった、②各地方には灯台の必要性を過大に申告する誘因が存在した、③「ソフトな予算制約」から費用便益の観点から過大な投資が行われた、といった公共財供給に伴う困難があった可能性がある。こうした「政府の失敗」の存在を検討すべく、公共事業予算や海難事故件数など各種データや具申書などの資料を検討した。 第二に、江戸時代の民設灯台建設・運営が非営利組織的な組織によって行われていたと推測し、各民設灯台の収支データを調査するとともに、非営利組織についての学問的知見を整理した。すでに江戸時代には多くの民設灯台が存在したことを明らかにしたが、日本では廻船問屋や村民、慈善活動家などが建設人の名前に上がっていることから推察するに、営利事業というよりは共同体の非営利事業として灯台サービスが提供されていたと考えるのが実態に近いのではないかと考えた。そこで民設灯台の収入・費用データを調査することで、「非営利組織による灯台供給仮説」の正しさについて検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
以下の2点の理由で、やや遅れている。 第一に、明治期の近代灯台建設における「政府の失敗」研究については、データベースの作成に予想以上の時間がかかっている。この研究では、海難事故が多い地域ほど灯台のニーズが高いとみなし、海難事故のデータを収集している。海難事故データは、工部省が1884年に刊行した『工部統計誌』に明治5年から15年までの難破船についての事故発生日時、気象状況、積荷などの詳細情報が掲載されており、これに地理的情報などを追加してデータベース化する作業を行っている。しかしこの作業に予定以上に時間がかかっている。また、ケーススタディとして県などから政府に提出された具申書を閲覧する予定であったが、新型コロナウィルスの影響で外出が制限され、調査が滞った。 第二に、江戸時代の民設灯台が非営利組織により供給されていたという仮説を検討する研究については、非営利組織の経済学についての基礎的知識の習得に時間を要し、研究テーマの分析までたどり着いていない。非営利組織研究については欧米を中心に理論・実証双方の蓄積がある。これら既存研究を踏まえたうえで、江戸期の民設灯台の建設・運営を解釈する必要があるものの、既存研究を理解し、本研究テーマとの関連性を名確認するためにはもうしばらく基本文献を渉猟することが必要である。また、民設灯台の経営状況を把握するために、『工部統計誌』のデータベースをもとにして建設・運営者の特徴と収入・費用データを入力しているが、この作業にも予想外の時間を要している。 以上の理由から、本研究課題の進捗状況はやや遅れている状況にある。
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Strategy for Future Research Activity |
まず「政府の失敗」の研究については、次のような推進方法で進めるつもりである。①各地方における灯台のニーズが「場の情報」(ハイエク)であり政府が正確に把握するのが困難だったことを示すために必要な海難事故件数データを早急に整備し、実証分析可能な状況を実現する。②各地方に灯台の必要性を過大に申告する誘因が存在した可能性を検討するため、具申書などと海難事故データの関係性を検討するとともに、工部省と海軍省・農商務省が参加して設置した「海路諸標位置調査委員会」に関する資料を調べ、誰が何を基準に灯台の位置を決定したか、史実に即した調査を行う。③「ソフトな予算制約」から費用便益の観点から過大な投資が行われたかどうかを検討するため、工部省やその後管轄を引き継いだ逓信省がどの程度の費用をかけて建設・運営したか調査し、それが他のインフラ投資と比較して適切な規模だったのかを明らかにする。現地調査については、外出規制が解除され次第、順次進めていく。 次に、非営利組織の研究については、引き続き非営利組織の経済学についての基本的知識の習得に努める。私が理解したいのは、どのような条件のもとで非営利組織によるサービスの提供が可能となるか、また非営利組織によって提供可能なサービスにはどのような特徴があるかについての理論的説明である。これらを理解したうえで、江戸期の民設灯台がそうした条件を満たしていたかどうかを検討する。同時に次の2点を進める。第一に、江戸期の民設灯台の建設・維持管理費用と利用料のデータから、民設灯台が営利事業として利益を上げて運営されていたか、あるいは共同体全体の利益を優先して収支均衡を保つ程度の利用料で運営されていたのか、データの観点から明らかにする。第二に、比較的運営がうまく行った民設灯台について、ケーススタディを行う。
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Causes of Carryover |
未使用額が生じた最大の理由は、新型コロナウィルスの世界的流行により外出や渡航が不可能になり、現地調査と論文報告のための出張をすべて中止したことである。 今後の使用計画としては、ウィルス流行が収束し次第、予定していた現地調査や学会報告のための出張を順次実施していく予定である。
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