2020 Fiscal Year Research-status Report
サイエンスが浸透した社会におけるイノベーションの理論基盤の整備と経験的研究
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18K01836
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
松嶋 登 神戸大学, 経営学研究科, 教授 (10347263)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 物質性 / 価値評価 / サイエンス・ベースド・イノベーション / 文理融合 / 健康経営 / 空間マネジメント |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、昨年末に計画した三点の推進方針に基づいて研究を進めてきた。第一に、物質性概念を応用した最新の経営学研究である、価値評価研究について体系的な議論を行うことである。具体的には、日本情報経営学会の特集編さんを通じて、とくに会計学と経営学という、かつては地続きに論じられてきたが、今日ではほとんど学術的交流がなくなっている2つの研究領域の「邂逅」をテーマとして、会計学と経営学の境界領域でありつつ、資本主義社会における企業システムを探求する上では中心的なテーマになる計算実践に根ざしたマネジメントを議論してきた。そこでは、もちろん研究代表者が実施してきた経験的研究も含まれるが、それ以外にもわが国発の多様な経験的研究について包括的な議論をまとめることができた。 第二に、物質性概念の隣接概念として検討してきた空間マネジメントについて、これまでの議論をもとに包括的なレビューをまとめ、我が国のオフィスや空間デザインなどに見られる独特な働き方やライフスタイルを相対化する試みを行い、物質性概念の理論的検討と日本の経験的研究を紹介する英文原稿を執筆し、今後、他の隣接概念との関係を体系的にまとめた英文研究書として出版していく予定である。 第三に、サイエンス・ベースド・イノベーションに関する文理融合型の研究を推進してきた。社会物質性概念は、量子物理学者たちが自分たちの実践を顧みることから生まれた新実在論が、その理論的ルーツにあった。そのことを受けて本年度は、神戸大学で主催した科学技術社会論学会において、大型放射光施設SPring-8を運営する理化学研究所の研究者たちと、サイエンスを基盤としたイノベーションに関する文理融合型のシンポジウムを開催し、神戸STS叢書としてその成果を発表することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
第一に、物質性概念を応用した最新の経営学研究である価値評価研究については、研究代表者が共同編集責任者の一人となった学術雑誌を発刊してきた(「価値評価研究」『日本情報経営学会誌』第40巻, 第1-2号, 2020年5月)。2018年10月に神戸大学で開催した国際ワークショップに招聘した、LSEのピーター・ミラー教授による寄稿論文を始め、我が国で価値評価研究に携わる研究者による経験的研究をまとめることができた。また、積極的に若手研究者や大学院生への投稿を働きかけることによって、経営学を広くカバーする議論をまとめることができ、結果として2号にわたって分冊される分厚い特集号となった。さらに、特集号を発刊後も、さらなる経験的研究として、近年、表彰制度として設立された健康経営銘柄によって加熱化する健康経営について、価値評価実践の観点から批判的検討を行った経験的研究を行ってきた。 第二に、サイエンス・ベースド・イノベーションに関する文理融合型の研究成果として、2020年度科学技術社会論学会総会・第19回年次学術大会(神戸大学,2020年12月)を、本学国際文化研究科の塚原東吾教授とともに企画し、放射光科学を開拓してきた物理学者である大型放射光施設SPring-8の石川哲也センター長と、東北放射光計画の中心人物である東北大学の高田昌樹教授とともに、サイエンスのマネジメントを含んだイノベーションを探求するシンポジウムを開催した(神戸大学実行委員会企画シンポジウム「放射光科学とサイエンス・ベースド・イノベーション」座長:松嶋登)。本シンポジウムの記録は、神戸STS叢書としても発刊された(塚原東吾・松嶋登・桑田敬太郎・岩西竜一郎(編)『神戸のSTS:スプリング8をめぐるサイエンス・ベースド・イノベーション研究と低線量被曝の歴史研究』神戸STS研究会, 2021年2月)。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、以下の四点について研究を注力していく。 第一に、2020年度に着手してきた価値評価研究として、健康経営銘柄の認定取得に駆動されることによって、従業員の健康よりも経済的成果を追求する手段として普及してきた我が国の健康経営に関する批判的検討をまとめ、学術論文として発表していく予定である。本研究のデータソースについてはすでに英文化しており、今後は海外の研究者に対しても広く意見を求めていく予定である。具体的には、2020年度9月まで滞在していたMassey大学の研究者に対してヒアリングを行うことで、ニュージーランドの国策であるウェルビーイング・バジェットのもとに推進されている健康経営との対比が可能になると考えている。 第二に、2020年度に文理融合型研究を行った理化学研究所の石川哲也センター長らと、カーボン・ニュートラルの実現に対して政策提言を行う研究会を発足する。そこでは、自然科学と社会科学の学問的連携がいかなる実践的意義を持ちうるのかについてオープンな議論を行っていく予定である。 第三に、2018年度から継続的な共同研究を続けてきた経営学における物質性概念について、今後はこれらの関係を体系的にまとめた英文研究書をSpringer社から出版していく予定である。その際、単にこれまでの議論を総括するという意味合いにとどまらず、我が国の研究者が蓄積してきた経験的研究についても世界に発信していき、国際的な共同研究へ橋渡ししていくことを目指している。 第四に、最新理論である物質性概念に対して、経営学に定着させていく取り組みが必要であると考えている。具体的には、第三の推進方針で目指す物質性概念の体系化と対極的な取り組みになるが、経営学の学説的検討を通じて、物質的転回がいかに経営学の根源的見直しにつながったのかを学術的な学説研究はもちろん、大学院の特論講義を通じて実践していく。
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Causes of Carryover |
(理由) 2020年度の研究業績には、価値評価研究に関する学会誌の特集号を編纂し、また神戸大学が大会校となった科学技術社会論学会を企画し、シンポジウムを開催してきた。ほんらい、これらの準備のために研究会や外部研究者の招聘旅費が必要になる予定であったが、コロナ禍の影響によってすべてオンラインで行わざるを得なかった。また、経験的研究についても実地調査やインタビュー、とくに海外渡航費を執行することができなかった。
(使用計画) 2021年度は、今後の研究の推進方針で示した四つの研究いずれにおいても、研究会や実地調査、ヒアリングなどの国内・海外旅費が必要になる。もちろん、コロナ禍において、出張がかなわない場合にはオンライン等でのコミュニケーションを取らざるを得ない場面には、そのための通信環境の整備を見込んでいる。
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Research Products
(3 results)