2018 Fiscal Year Research-status Report
公害患者運動の実証的・理論的研究-「地球環境問題」の原点としての「公害」再考-
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18K01968
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Research Institution | Kyorin University |
Principal Investigator |
江頭 説子 杏林大学, 医学部, 講師 (20757413)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 公害問題 / 環境問題 / 地球環境問題 / 大気汚染 / 大気汚染公害裁判 / 公害患者運動 / SDGs / 公害・環境政策 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、公害患者運動に焦点をあて、公害患者運動が今日まで何を「問い」続け、その「問い」が意味することについて考えることにある。その「問い」を考える課題として、「公害」が「環境」へ、そして「地球環境問題」へと空間的な広がりをもつだけでなく、その言葉の概念の社会的意味づけが変化していることに着目し、その背後に潜む資本主義の力学と理論を明らかにしていく。 2018年度は、2015年に国連が採択した行動計画としての持続可能な開発目標(SEGs)」(以下、SDGs)について文献、先行研究のサーベイを実施し、公害・環境問題とSDGsに関連するフォーラムやシンポジウムに参加した。また、「公害」、「環境」、「公害地球環境問題」に関する運動、公害・環境政策および企業の動向についての年表を作成した。 その結果、特に1977年と1992年のOECDの日本の環境政策レビューが、公害・環境政策や企業の動向に影響を与えていることが明らかとなった。具体的には、公害問題解決の主体を曖昧にし、環境政策の主体が公共から民間へ、手段が公的規制から経済的手段に移行していることである。さらにSDGsは、これらOECDの環境政策レビューにより転換した政策の延長線上にあると考えられる。SDGsが提唱する行動計画は、環境問題を考えるうえでの共通言語を地球規模で持つことの意味はあるが、問題の本質を曖昧にする危険性も孕んでいる。特に、SDGsでは企業の参加を重視していることに注意が必要である。企業は、環境産業を新市場として重視し、SDGsをESG(Environment Social Governance)あるいはCSR(Corporate Social Responsibility)として運用している。つまり、環境政策の主体を公共から民間へ、手段を公的規制から経済的手段への移行をより強固にする可能性がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度は理論研究を中心におこない順調に進行しているが、実証研究はやや遅れている。 実証研究では、公害患者運動の展開過程、特に公害裁判後の運動がなぜ継続したのかについて、公害患者運動の広がりと厚みを明らかにすることを目的としている。これまでの事例研究は、大気汚染公害裁判をおこした、8地域(四日市、千葉、西淀川、川崎、倉敷、尼崎、名古屋、東京)のなかでも特に岡山県倉敷市水島地域、千葉県千葉市蘇我地域を中心に、四日市、西淀川、尼崎の事例について研究を行ってきた。2018年度は、「東京公害患者と家族の会」および「川崎公害病患者と家族の会」の事例研究に着手した。2019年度は、名古屋南部地域および全国公害患者の会連合会の事例研究を行う予定である。 理論研究では、「公害」が「環境」、そして「地球環境問題」へと社会的意味づけを変化させた背景として、1977年と1992年のOECDの日本の環境政策レビューが重要な役割を果たしていることとその問題点について明らかにした。または、公害問題と向き合った日本の公害研究の代表者である宮本憲一の業績に注目し、文献をサーベイするとともに、宮本憲一が講演するシンポジウムに参加した(「環境と開発のジレンマを克服できるか-SDGsの課題」2019年1月26日 日本環境会議一般公開セミナー 於:金沢、「公害被害の救済と地域再生の課題-水俣病を中心に」2019年2月22日 第3回環境被害に関する国際フォーラム 於:熊本学園大学、「戦後日本公害・環境史の教訓と課題-日本環境会議40年をふり返って」2019年3月2日 第35回日本環境会議40周年記念神戸大会)。公害患者運動は抵抗型の運動からの転換がせまられていること、公害被害地域における地域再生が実現してない等の課題があることから、宮本の研究を批判的に再評価していく。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、公害患者運動の展開と課題について、運動の契機、主体、組織、公害に関わる他の運動や組織との関係を視野に入れて分析を行う。また、公害患者運動が、公害・環境政策にどのように関係し、影響を及ぼしたのか、また挫折したのかについて明らかにしていく。さらに、「公害」が「環境」へ、そして「地球環境問題」へと空間的な広がりをもつだけでなく、その言葉の概念の社会的意味づけが変化していることに着目し、その背後に資本主義の力学と理論をひも解いていく。 特に和解後の公害患者運動が、1960年代から70年代にかけての「公害は克服された」と主張する産業界とその圧力により後退した行政による公害問題の不可視化とは異なる形での不可視化の力が働いていることを明らかにしていく。それは、「公害問題から環境問題へ」という視点のすり替えが行われ、加害者が不特定多数になる「環境問題」へと転換することにより、「公害問題」の加害者の責任を不問にするという力である。そして、その視点のすり替えは、「環境問題から地球環境問題へ」という2000年代後半の動きと類似している。 かつて公害大国と言われた日本が「公害を克服した」と仮に言うのであれば、その経験を教訓として活かすべきである。公害被害者救済のための制度が策定され、環境再生はある程度達成し、環境政策もすすめられてはいる。しかし、日本で1960年代に公害問題が多発してから約50年が経った現在でも、公害問題は解決されていない。それどころか、辺野古基地建設と環境破壊、フクシマ原発公害、アスベスト複合・ストック公害、石炭火力問題に代表される新たな公害問題が発生している。今後50年、いや100年かかる可能性のある公害克服への道を再び歩み始めていることを冷静かつ深く認識する必要がある。
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Causes of Carryover |
2018年度は聴き取り調査を実施しなかったことから、謝金やテープ起こし代として予算を計上していた200,000円を使用しなかった。 2019年度は、聴き取り調査を実施する予定にしていることから、2019年度の謝金とテープ起こしの予算とする。
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