2019 Fiscal Year Research-status Report
現代日本における労働者の熟練衰退に関する知識社会学的研究
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18K01993
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
倉田 良樹 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特任教授 (60161741)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
津崎 克彦 四天王寺大学, 人文社会学部, 講師 (00599087)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 知識社会学 / 学術知 / 実践知 |
Outline of Annual Research Achievements |
理論研究として、以下の3つの研究を推進した。第一には、基礎的な理論研究として、知識と熟練を主題とする社会学、哲学、人類学、教育学の文献をサーベイした。第二には、より実践的な理論研究として、企業、学校、研究所など、様々な組織における知識と熟練を主題とする社会科学の諸文献に関するサーベイを行った。これら二つの研究の成果として、「知識に関する規範サークル」の議論を本研究の課題にあてはめて具体的に展開していくことが可能であることが明らかになった。すなわち、現代日本における熟練衰退という問題を、科学的な学術知の停滞という側面と、学術知を受容して実践に応用する実践知の停滞という側面に分岐させ、前者については「認識論サークル」概念を主導概念として、後者については「認知サークル」概念を主導概念として、分析を進めていくことが有効であるとの見通しを得ることができた。分析の方針として、現代日本においては、学術知の停滞という事象と実践知の停滞という事象が、同時並行的に、また相互強化的に進行していることの解明を目指していく必要があることが明らかになった。 理論研究として行った第三の研究は、社会科学者たち自身による「知識人批判」の系譜のなかから、現代日本の状況に適用可能な議論を探り出す作業であった。その成果としては、チョムスキーとサイードの知識人批判の議論の有効性を確認することができた。 事例研究に関しては、昨年度取り上げた「ナリッジマネジメントシステムの誤作動」に関する研究を継続するとともに、今年度からあらたに、技能実習生や留学生アルバイトなど外国人労働者が担っている低熟練労働の現状を解明する作業に取り組んだ。そのさい、この現象を現代日本における熟練衰退の代表事例として位置づけ、上記の理論研究によって獲得された分析枠組みに基づく考察を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度においては、本研究の主題に関連する単著の学術論文1本(「構造化理論から知識の社会学へ(4)」)と共著の学術論文2本(「移民政策なき外国人労働者政策を擁護する知識人たち(1):多文化共生社会論」、「移民政策なき外国人労働者政策を擁護する知識人たち(2):やさしい日本語・日本語学校」)とを上梓することができた。 前者の単著論文は、知識と熟練を社会科学の主題として厳密に研究するための論理地図を提示する、という本研究の理論的課題に取り組んだ論文であり、この論文を書き上げることによって、現代日本における学術知と実践知の停滞という問題状況の社会科学的な解明を前進させることができる地点に立つことができた。また、本論文によって、知識社会学の中心概念として、学術知を担う認識論サークルと実践知を担う認知サークルという二つの主導概念に依拠する知識社会学的研究の有効性を確認できた。このことは、今後本プロジェクトの研究を確実に進めていくための道標となりうる重要な成果である。 後者の共著論文は、知識や熟練の健全な発展と適切な運用を封じ込めることによって成り立っている、外国人技能実習生、出稼ぎ型留学生の事例を取り上げ、現代日本における熟練衰退の一断面を社会科学的に解明することを試みた論文である。これら外国人労働者の就労実態を擁護する様々な学術言説をとりあげ、「学術知と実践知の同時並行的で相互強化的な衰退」という本研究の仮説を検定することが試みられ、一定の成果が確認されている。本論文は外国人労働者という特殊な事例を対象とする研究ではあるけれども、この論文で確認された「学術知と実践知の同時並行的で相互強化的な衰退」という仮説の有効性は、普遍的に通用するものと考えられる。今後様々な職種の労働者に対象を拡大し、さらに検定していくことが期待できる。 以上より、本研究はおおむね順調に進捗している。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、労働者の熟練衰退という現象に対して、様々な職業で働く労働者の実態に即してアプローチしながらも、労働実態というレベルに問題を局限させるのではなく、学術知も含めた、知識に関する現代日本社会の問題状況を視野に入れて考察することで、熟練衰退の全体構造を知識社会学的に解明する、という姿勢で研究を進めてきた。2020年度の研究においても、こうした姿勢を維持しながら、研究をさらに具体的に展開していくことを予定している。2020年度の研究では、様々なタイプの職種で働く労働者のレベルにおいて観察される「実践知」の衰退という事象を取り上げ、その背後にあって実践知のあり方に強い影響力を及ぼしている「学術知」の衰退についても考察し、両者が相互強化の関係にあることを具体的な事例に即して解き明かしていきたい。 過去二年間の研究では、理論研究に重点が置かれてきたため、具体的な事例の分析については、特殊な少数事例に限定した試論を行う段階に止まっていた。そこで最終年度に当たる2020年度においては、事例研究に重点をおき、これを完成させることを目指す。 事例研究は、中小・零細企業において生産やサービスの直接部門で働く現業系労働者と、大企業において管理部門で働く高学歴の知識労働者とに大別して行う。前者については非正規雇用労働者が中心となり、後者については正規雇用労働者が中心となる。いずれのタイプに関しても、実践知衰退の具体的事例をできるだけ多く発見するとともに、実践知のあり方を肯定的に評価する学術知として広く受容された諸理論が、現実には熟練衰退に加担するような過誤を犯してきたメカニズムを、前年度までに構築してきた知識社会学の概念枠組みを用いて解明することを目指す。
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Causes of Carryover |
当初予定していた以上に、実証研究よりも理論研究にウェイトをおいて研究を進めたため、一部の予算が次年度に繰り越されることとなった。インタビュー調査の比重を減少させた分、理論研究で成果を上げることができ、全体の計画に遅れが生じているわけではない。 令和2年度においては、インタビュー調査を確実に実行できるような使用計画を立てている。現在の感染症の広がりを考慮すれば、対面による面接が困難な状況が予想されるため、遠隔による面接のための物品購入を計画している。
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Research Products
(3 results)