2020 Fiscal Year Research-status Report
現代日本における労働者の熟練衰退に関する知識社会学的研究
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18K01993
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Research Institution | The University of Fukuchiyama |
Principal Investigator |
倉田 良樹 福知山公立大学, 地域経営学部, 教授 (60161741)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
津崎 克彦 四天王寺大学, 人文社会学部, 講師 (00599087)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 知識社会学 / 知識に関する規範サークル / 批判的実在論 / 熟練衰退 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度に実施した研究の成果は以下の三点である。第一には、基礎的な理論研究としては、知識、学習、熟練を主題とする社会学、哲学、人類学、教育学、心理学の文献に関するサーベイを継続した。この結果として、前年度までの研究で理論研究のキイ概念として焦点化させた「知識に関する規範サークル」という批判的実在論の概念を用いた労働研究の概念枠組みを作ることが出来た。この概念枠組みを用いて、知識や技能の形成・伝承・衰退をめぐる具体的な諸事象を分析するための方途を見出すことが出来た。 第二には、労働者の技能形成に関する主流派経済学の理論研究と応用研究に関するサーベイを行い、その有効性と限界について批判的な検討を行った。この結果として、経済学の領域では依然としてベッカーの人的資本理論の議論を越える研究枠組みが開発されていないことを確認することができた。そして、そのことを踏まえて知識社会学が固有の強みを発揮できる研究領域がどこにあるのかが明らかになり、今後の知識社会学的な労働研究の見通しを広げることことができた。 第三には、日本の経営学の知識理論に関する文献サーベイを継続した。その結果として、次のことが分かった。日本の経営学においては「暗黙知と形式知の相互変換による知識の創造と伝承」という議論が通説として定着していること、そして、この議論を超える学説はいまだに登場していないこと、が確認された。だが、本研究では、暗黙知と形式知を相互変換することが可能なふたつの実在物としてとらえることは、カテゴリー上の錯誤(ライル)であること、従って上記の議論に沿った研究を確かな実証データに基づいて行うことは困難であること、この種の研究から科学的に意味のある成果を得ることは期待できないことを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の研究計画としては、当初、職場における労働者の知識・技能の形成と伝承に関連する聞き取り調査を行い、当事者の言説を中心にした諸事例を収集することを予定していた。だが、昨年四月以降、新型コロナウィルスの感染状況が悪化するなか、首都圏及び関西圏への出張が困難になったことに加えて、聞き取り調査そのものへの協力を得ることが難しい状況となった。そこで、本年度の中途より、研究計画の修正を行わざるを得ない事態となった。さしあたり本年度においては、統計データの活用や、既存文献を利用した研究を実行するとともに、当初の研究計画の一部については、翌年度に繰り越して実施することとした。年度の後半からは、聞き取り調査に代替するデータの収集を行うことにした。 聞き取り調査による、当事者の言説を中心とする事例の収集という点では、充分な成果を上げることが出来なかったが、その反面、理論研究という点では当初予定以上の成果を上げることが出来た。実証データの収集に関しては、2021年度においても、対面による聞き取り調査が困難な状況が続く可能性もあるので、既存の統計データ、調査データ、学術的な事例研究などを蓄積して、次年度に向けて研究の準備を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、労働者の熟練衰退という現象に対して、様々な職業で働く労働者の実態に即してアプローチしながらも、労働実態というレベルに問題を局限させるのではなく、学術知も含めた、知識に関する現代日本社会の問題状況を視野に入れて考察することで、熟練衰退の全体構造を知識社会学的に解明する、という姿勢で研究を進めてきた。本年度の研究においても、こうした姿勢を維持しながら、昨年度積み残した部分を中心に、研究をさらに具体的に展開していくことを予定している。 本年度の研究では、様々なタイプの職種で働く労働者のレベルにおいて観察される「実践知」の衰退という事象を取り上げ、その背後にあって実践知のあり方に強い影響力を及ぼしている「学術知」の衰退についても考察し、両者が相互強化の関係にあることを具体的な事例に即して解き明かしていきたい。過去三年間の研究では、理論研究に重点が置かれてきたため、具体的な事例の分析については、特殊な少数事例に限定した試論を行う段階に止まっていた。そこで最終年度に当たる本年度においては、事例研究に重点をおき、これを完成させることを目指す。事例の収集にあたっては、独自の聞き取り調査を実施するとともに、既存の調査研究の活用も行う。 いずれの方法によるにせよ、実践知衰退の具体的事例をできるだけ多く発見するとともに、実践知のあり方を肯定的に評価する学術知として広く受容された諸理論が、現実には熟練衰退に加担するような過誤を犯してきたメカニズムを、前年度までに構築してきた知識社会学の概念枠組みを用いて解明することを目指す。
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Causes of Carryover |
2020年度に予定していた聞き取り調査が新型コロナウィルスの影響で実施できなくなった。2021年度はこれによる研究の遅れを取り戻すために、聞き取り調査または文献調査を行うことを予定している。
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