2018 Fiscal Year Research-status Report
自動車メーカにおける戦前・戦時と戦後の人事労務管理の連続性と断絶に関する研究
Project/Area Number |
18K02018
|
Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
吉田 誠 立命館大学, 産業社会学部, 教授 (90275016)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 先任権 / GHQ / 終身雇用 / 日本的経営 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度の研究においては、戦後直後における1950年前後に米国の先任権の日本への移植がGHQによって奨励されたという忘れさられた事実を取り上げ、それがドッジ・ライン下での人員整理基準において勤続の短い者を優先的解雇するという規定に結実したこと、およびその帰結として戦前の長期勤続の男性労働者の雇用が守られたことを明らかにした。 1949年前後にGHQは、ドッジ・ライン実施により予測された不況に備えて余剰人員の解雇を促すと同時に、解雇基準の明確化により恣意的解雇を避け、労使関係の安定化、ひいては合理化、近代化を図る意図から、米国の労働協約で用いられてた先任権を、日本の労使関係に導入することを積極的に進めていた。こうしたGHQの動きに対し日経連は、企業運営に障害となる「成績不良者」、「老廃者」などを積極的な解雇対象として設定しながらも、それに留まらない規模となる解雇においては消極的な基準として先任権を活用するという方向で対応しようとした。 その結果、ドッジ・ライン期の解雇基準の一つに「勤続の短い者」という規定を挿入する企業が散見されることことになった。また、当時の労働省の調査によるならば、ドッジ・ライン期の人員整理においては、勤続年数の短い者が解雇され、戦前からの長期勤続の中高年労働者は相対的に解雇から逃れていたことが明らかになる。ドッジ・ライン下での人員整理では先任権の影響を受けた勤続基準が入ってくることにより、戦前からの長期勤続の労働者の雇用が守られることになったのである。勤続年数のみを基準とする先任権制度は、日本企業にとって硬直的な基準としてすぐに魅力のないものとなるが、興味深いことに、日本の雇用の特質として氏原正治郎の「企業封鎖性」やJ.アベグレンの「終身雇用」が発見されるのはその数年後であり、ドッジ・ライン期の人員整理との関連が問われることになる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
自動車産業における労務管理や労使関係のあり様を戦前・戦時と戦後との関係で考察するという本研究課題にとって、GHQが米国の先任権制度を日本の労使関係に導入しようとしており、また経営者団体もそれを支持していたという2018年度の本研究の発見は当初の予期を越えるものになった。これまで長期雇用については戦前・戦時と戦後の労務管理の連続性のなかでのみ検討されてきたが、そこにハイブリッド的な性格を有する政策の可能性を指摘したのである。賃金についてはGHQが米国の職務給(職階給)導入を進めてきたことについて多くの議論がなされてきたが、雇用関係については皆無であったことからすると非常に大きな発見であり、今後の日本的経営論を揺がす可能性もある。 他方で、2018年度の研究自体は自動車産業そのものというよりも、当時の日本のマクロ的労使関係施策とも言うべきレベルでの発見である。自動車産業における労使関係を直接の主題とする科研費の研究課題からすると、少し対象が外れていることにもなる。ただし、過去の拙稿においては「勤続年数の短い者」という解雇基準が1949年の日産自動車の人員整理基準に存在していたことを、中高年を中心とした人員整理が行われているその後の日本的雇用の観点からすると不可解な点として指摘し、それと米国の先任権の類同性については言及していたが、実はGHQあるいは日経連による先任権導入という方針があったことを明らかにできたというのは、研究がおおむね順調に進展していることを示すことになる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究については二つの方向性を考えている。一つは、当初の計画通り、自動車産業、とりわけ日産自動車の労使関係や労務管理について戦前・戦時と戦後の連続性もしくは断絶の側面を明らかにしていく研究を進めていくことである。とりわけ、戦時下の産業報国会と戦後の労働組合の連続性/断絶の問題を検討することが目下の研究課題となっている。戦後、結成された日産工業従業員組合の成立経緯においては職員層がどのような形で流入していき、またそれが、結成後の組合の政策(産業復興闘争)にどのような影響を与えたのかについて、新資料をもとに検討していくことである。ミクロレベルで連続性/断絶の問題を展開していく方向性である。 第二は、昨年度の研究成果を踏まえたうえで、そこから考えられる新たな仮説について検証していくことである。戦後直後の解雇基準における単純な勤続年数が先任権の影響であったとするならば「年功」という概念についても再度検討が必要となる。年功概念が提起されたのが1950年代であるとすると、それ以前の「年功的」とされてきた諸施策は丁寧に再吟味する必要がある。つまり、単純に勤続年数を評価するという価値観が日本の経営や労務管理にあったかどうかである。戦時下の政府や戦後の労働組合が生活を念頭に年齢という客観的指標を重視してきたことに対して、いかなる意味で経営側は単純な勤続年数を対置していたのであろうか。もし単純な勤続年数という発想が米国由来であるとするならば、経営側はいかなる意味での年功を考えていたのであるか。この点を再吟味する必要があるのである。そうしたなかで、戦後の「年功」概念というものの、古さではなく新しさ、日本古来のものではなく、ハイブリッド的な性格を明らかにできる可能性が存在している。この点での研究を進めていきたい。
|
Causes of Carryover |
2018年度4月より立命館大学教学部の副部長に2年間の任期で就任した。副部長は授業コマ数を2コマ減じられる激職枠であるとともに、2018年度は立命館大学の大学認証評価の年ともなっており、休業期間中も認証評価の準備にかかわる諸業務に従事する必要があり、当初予定していた資料収集のための出張等に従事することができなかった。またパソコン等の高額の機材の更新についてもセッティング等について時間的な余裕がないために2018年度は断念した。 2019年度については認証評価も無事終えたことから、若干の業務の軽減が期待できるとともに、夏季休業等については研究に専念できることが可能となることが予想される。また次年度は研究専念期間の取得が決まっており、研究について充分な時間を取ることが期待できる。
|