2018 Fiscal Year Research-status Report
後発福祉国家・韓国のベーシックインカム構想に関する政策論的研究
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18K02123
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
金 成垣 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (20451875)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 後発福祉国家 / 韓国 / ベーシックインカム / アジア |
Outline of Annual Research Achievements |
2000年代に入り、比較福祉国家研究の分野では韓国を含むアジア諸国・地域に関する研究が盛んになってきた。多様な研究が行われるなか、それらの国・地域の福祉国家に関しては、西欧諸国の歴史的経験と同一線上でとらえることができず、むしろ「先発」と「後発」という時間軸の視点を比較分析のなかに取り入れることの重要性が指摘された。遅れて福祉国家化に乗り出した後発国が選択した、あるいは選択せざるを得なかった福祉国家化のバターンを問う、いうならば後発福祉国家論という視点である。2000年代後半以降、申請者を含め、その後発福祉国家論の視点から、後発国としてのアジア諸国・地域の歴史や現状またその特徴を究明しようとする研究が活発に行われてきた。
ところで最近、その後発国の1つである韓国においてベーシックインカムの政策構想が活発に展開されている。ベーシックインカム(Basic Income、以下、BI)は、「政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされる額の現金を無条件で支給する制度」である。アカデミックの世界だけでなく、政治の現場でも挑戦的なBI構想が登場し、またそれを受けて実験的な政策展開を試みている地域もあらわれている。後発福祉国家論の視点からすると、後発国は、遅れて福祉国家化に乗り出したがゆえに、それに起因した諸環境的要因の相違のため、先発国とは異なる福祉国家化の経路を生み出し、それが新しいパターンを作り出す。この考え方からみると、韓国におけるBI構想は、後発国における新しい福祉国家化のパターンの兆しとして受け止めることができる。
以上を背景に本研究においては、後発国である韓国でBI構想を生み出した具体的な契機は何か、そして、その韓国におけるBI構想の国際比較的な特徴とその理論的・実践的意味は何か、という問いを設定しその答えを探っていきたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、初年度の2018年度は、韓国におけるBI構想の実態の政治経済社会的背景および実際の展開過程とその中身を明らかにすることを目的とした。
韓国では、2010年前後からアカデミックの世界でBIに関する議論が徐々に始まり、2010年代半ばになると、BIが学会の企画テーマに設定されたり、BIに関する国際会議が開催されたり、BI関連の論文や研究書また翻訳書が多数出版されたりするようなかたちで、BIに関する議論が急激に活発化した。アカデミックの世界だけではなく、2017年5月の大統領選挙において、主要候補たちによるBIの政策公約が登場した。さらに、政治的な議論にとどまらず、城南市という地域では、2015年から議論を重ね2016年には地域貨幣形式のBIを実験的に導入しており、ソウル市でも2017年からBIの実験的導入が行われている。
このような韓国におけるBI構想の背後には何があるのか。本研究では、その具体的な現実に接近しその実態を明らかにするために、韓国での資料収集およびヒアリング調査を行なった。そのさい、韓国の学界でBI構想を主導している金教誠氏(韓国中央大学)、李承潤氏(梨花女子大学)、白承浩氏(カトリック大学)などから、情報提供や意見交換などの面で、常時、協力してもらってきている。城南市の李在明市長とソウル市の朴元淳市長による政策展開についての関係者にもヒアリングや政策実施についての現地調査も行なった。
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Strategy for Future Research Activity |
第1に、韓国におけるBI構想の国際比較的な特徴とその理論的・実践的意味を明らかにしたい。最近、韓国だけでなく、諸外国においてもBIの政策構想が目立つ。たとえば、2016年にはオランダのユトレヒト地域でBIの実験が開始され、スイスでは BI導入をめぐる国民投票が行われた。2017年初頭にはフィンランドで世界初の全国レベルでの実験が始まり、同年、フランスでも社会党でBI導入を主張し脚光を浴びた。つい最近では、アメリカでも、民間企業からの提案ではあるが、BI実験を提案しており、日本でも最近、総選挙に向けてBI構想があらわれた。このような背景から特に、韓国とそれらの国々の経験を比較し、その類似と相違を検討しつつ、特に後発国である韓国におけるBI構想の国際比較的な特徴とその意味を明らかにしたい。
第2に、後発福祉国家論の視点にもとづいて韓国におけるBI構想が示す政策的インプリケーションを明らかにしたい。上で述べたように、日本や西欧の先発国では近年、従来の福祉国家の行き詰まりを乗り越えるためにさまざまな改革が試みられているものの、既存の制度や利害関係による経路依存的な制約のため、その改革が難航しているのが現状である。それに対して、その経路依存的な制約が弱い後発国ではより柔軟かつ迅速に改革を進められる可能性が高い。先発国にとって、その後発国のパイオニア的な政策展開から得られる政策的インプリケーションは決して少なくないであろう。
このような点をふまえて、本研究においては、後発福祉国家論の視点から、遅れて福祉国家化に乗り出した後発国としての韓国が選択した、あるいは選択せざるを得なかったBI構想の経験が、日本や西欧における福祉国家の行き詰まりとその打開策の模索に対して示す政策的インプリケーションを明らかにすることを最終目的とする。
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