2019 Fiscal Year Research-status Report
「教員の働き方」改革に資する教育経営裁量の在り方に関する歴史的・事例的研究
Project/Area Number |
18K02275
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
平井 貴美代 山梨大学, 大学院総合研究部, 教授 (50325396)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 「働き方」問題 / 給特法 / 教育の特殊性 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究代表者は今日の教師の「働き方」問題が生じた原因として、日本型雇用システムと教職固有の労働時間規制の法的歯止めの無さがあいまって問題を深刻化させたものと捉えている。そうした指摘は研究代表者だけのものではないが、独自な点としては、教師の「働き方」における法制的特殊性を支える教育界の暗黙知、すなわち「教育の特殊性」が一定の実践的意義を有するものと仮定し、「働き方」改革と教育実践の両立の道を探る必要性を認める点にある。この仮説を検証するためには、教師の働き方における「教育の特殊性」が単なる聖職イデオロギーの押し付けによって生成されたのではないということ、すなわち教師固有の「働き方」に関する当事者の認識が反映されてきたことを確認する必要がある。そこで本研究では、労働時間規制の「歯止め」を適用排除した「公立の義務教育諸学校の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、給特法)が制定された1970年代に焦点をあて、同法の成立過程とその根拠とされた「教育の特殊性」の内実を再検討するとともに、同法制定前後に各地で生み出された労働慣行を教育実践の展開と関連付けながら調査・分析することを目指している。 研究初年度には、給特法施行に伴い都道府県が制定することとなった条例をめぐる交渉過程と、その後の各地の「働き方」の多様性・格差が生じたメカニズムに関して、現在入手可能な都道府県教組の年史や新聞を網羅的に調査した。そのうえで比較的まとまった資料が得られた山口県、静岡県、山梨県に焦点をあてて、労働規制・慣行と教育実践との関連を分析した。とくに説明要因として研究代表者が有力視しているのは、教職の「ジェンダー化」であり、その視点を含めて条例化闘争についてまとめた研究成果を、研究2年目の2019年に日本教育学会大会で口頭発表することができた。その後は、給特法制定時の「教育の特殊性」の分析に着手している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度には、前年度に行った3県の事例調査をもとに、給特法施行に伴い都道府県が制定することとなった条例をめぐる交渉過程と、その後の各地の「働き方」の多様性・格差が生じたメカニズムに関する口頭発表を行なうことができた。8月の口頭発表終了後からは、給特法制定時の「教育の特殊性」の分析に着手し、その成果もすでに日本教育経営学会の特集論文として執筆済であり、2020年度中に公表される予定である(学会大会が延期された関係で、刊行時期が確定していないため)。8月に行った口頭発表の後半部分で扱った3県の事例分析については、紙幅の関係もあり執筆済みの特集論文の内容からはずしたため、2019年度中に文字化して公表するところまでは至らなかった。しかし、労働慣行の多様性を事例に則して分析する見通しまでは得ることができたことからも、おおむね順調に研究が進展していると評価した。 ただし当初の研究計画では、教師の「働き方」問題が生じたメカニズムとして、1970年代の給特法制定と学習指導要領改訂によって「通常の労働時間内に業務=カリキュラムを弾力的に運用する裁量が減じられたことで、業務が時間外にはみ出すことが常態化していった」経緯を、「給特法の制定前には広範に存在したと推測される教育経営裁量を掘り起こす」ことで対比的に明らかにしていく道筋をたてていた。8月の口頭発表では給特法前の労働慣行の分析が不足しており、さらに教育経営裁量の増減が労働慣行に及ぼした影響の分析にはほとんど手を付けることができなかった。後者については、現段階では部活動の必修クラブ化の問題などが関わってくるものと想定しており、研究最終年度となる2020年度中に、事例的な研究として論文等にまとめて公表し、研究成果を社会に還元していきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
研究の最終年度となる2020年度には、既述してきたように山梨県、静岡県、山口県の3県の事例分析を深化・発展させ、本研究が当初設定した仮説が証明されるかどうか、すなわち1970年代の給特法制定と学習指導要領改訂によって「労働時間規制が取り払われたうえに、通常の労働時間内に業務=カリキュラムを弾力的に運用する裁量が減じられたことで、業務が時間外にはみ出すことが常態化していった」メカニズムが、事例に則して描けるかどうかを検討し、成果を論文にまとめて公表したいと考えている。事例分析では、本研究のもう一つの狙いでもある、教育と「働き方」とを共存させる知恵=可能性を事例から抽出することについて、とくに静岡県の実践例から示唆が得られるものとも見込んでおり、本研究を一種のポジティヴディヴァイアンスの研究として位置づけてみることも、試行的に行ってみたいと考えている。 その一方でこれまでの研究プロセスの中で、当初に示した仮説のうち軌道修正が必要と考えるようになったものもある。研究計画書では本研究の独自性として、労働法学者や経営学者による給特法等への批判的言説に対し、教育界が有する「教育の特殊性」の知見をなるべく公平な観点から接合させていくことを掲げていた。しかし、そこには給特法が公務員法制の一環であるという重要な視点が欠けていることに、研究プロセスで気づくこととなった。実はこの点は研究代表者だけでなく、昨今の給特法論議でも見過ごされている視点であり、経営学者や労働法学者の議論ではおそらく意図的に無視、あるいは軽視されてきた視点であったと受け止めている。本研究をまとめるにあたっては、公務員制度をめぐる研究蓄積や近年の改革の動き等を十分に検討したうえで、言説のイデオロギー的な偏りを意識しながら、教職の働き方と「教育の特殊性」の在り方について、最大限の「公平な観点」からの分析を目指していきたい。
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