2020 Fiscal Year Research-status Report
歴史的転機としての「二・四事件」に関する総合的研究
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18K02371
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
前田 一男 立教大学, 文学部, 教授 (30192743)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ニ・四事件 / 長野県教員赤化事件 / 信濃教育会 / 大正自由教育 / 教育実践史 / 思想対策 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度の実施状況は、翻刻した『長野県プロレタリア教育資料』の9名の検挙された教師たちの「手記」を検討する研究会6回の実施と9月初旬の諏訪・飯田・伊那への資料調査であった。 具体的には、新史料としての『長野県プロレタリア教育資料』には、起訴された中心人物ではなく、治安維持法の目的遂行罪で検束された教師たちの、「手記」(いわば「反省文」)が9名分採録されている。矢野口波子(上郷小学校)、古畑勲(高島小学校)、立澤千尋(中箕輪小学校)、岩間隆(上郷小学校)、神村栄重(諏訪郡湖南小学校)、桜井秀男(諏訪郡豊田小学校)、橋爪義衛(上伊那郡中箕輪小学校)、田中源太郎(永明小学校)、新村良太郎(永明小学校)の9名である。その内容は、(1)左傾思想研究の動機、(2)読書内容、(3)思想運動組織に関係するに至りし経過に関して、(4)組織に入りし後如何なる事をなしたか、如何なる非合法文書の配布を受けたか、児童に働きかけし事なきか、(5)新興教育と教労部とは如何なることをなす団体と考えていたか、(6) 自己の在来の行動を如何に考えるか、(7)将来に対する覚悟、という7点に即して記されている。その分析を進めているが、社会運動には無関係な教師も多く含まれているにもかかわらず、当人たちがあたかも「赤化教員」として見做されてしまうことに、事件として構築することによる宣伝効果(思想対策)を狙ったものとしての歴史的性格を明らかにしつつある。 資料調査は、9月2日より3泊4日の日程で、諏訪市立図書館、飯田市立中央図書館、飯田市歴史研究所、伊那市立図書館において、限定的ではあるが実施できた。特に、飯田市立歴史研究所では 上郷小学校の『懇話会記録』や1933年9月15日付の『東京朝日新聞』『南信新聞』『新愛知』の号外などを収集し、他の図書館では県内地方新聞の「二・四事件」関係記事も収集した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究課題の「二・四事件」というのは、1933年2月4日に起きた長野県教員赤化事件の通称である。昭和戦前の教育史において、教育界から138名もの治安維持法違反容疑者を出すという全国未曾有の事件であった。「信州教育」という名声を誇っていた教育県で起こったこの事件への衝撃は大きく、その後の展開から見れば、この事件を契機に、長野県だけではなく全国の教育現場が戦時体制へと舵を切っていくことになった。本研究は、この「二・四事件」の全体像を、教育実践史の観点から、民主主義的な大正自由教育から国家主義的な錬成教育への転換点に位置する象徴的な出来事と捉え、その「転換」の意味およびその諸要因を明らかにすることを目的としている。 2020年度は、本来、本研究課題の最終年度に当たっていた。しかし予想だにしなかった新型コロナウイルスの感染拡大によって、調査活動及び研究活動の停滞を余儀なくされてしまった。9月初旬に、相手先の理解を得て、資料調査に出向いたが、調査時間の指定もあり、限定的な調査にならざるを得なかった。 研究会としては、「手記」の分析を継続した。6回の研究会を開催し、うち1回は対面で実施できたが、その他はZOOMによるオンライン形式であった。9名それぞれの「手記」についての解題原稿を研究会の検討課題とした。6名までの検討を済ませることができたが、さらに修正原稿の提出が求められている。この過程で、従来起訴された中心人物の教師たちによって「二・四事件」が語られてきた傾向があるが、治安維持法の目的遂行罪によって軽微な理由で検挙された教師たちの視点を加えることによって、さらに「転機」としての「二・四事件」の歴史的性格が明らかになってくるのではないかと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は、1年延長した科学研究費の最終年度になる。研究テーマである「歴史的転機としての『二・四』事件の総合的研究」をまとめるにあたって、この研究課題に即した二つの課題を設定している。資料調査の継続と研究成果報告書の作成の2つである。 前者の資料調査としては、信濃教育会教育博物館での資料調査、松本市立中央図書館、伊那市立図書館などを予定している。コロナ感染拡大が心配されるので、相手先の都合もあり、予定通りに進められるかどうかは未確定のところもあるが、可能な限り資料調査を実施していきたい。少なくとも、「二・四事件」によって国策順応になったと評価されてきた信濃教育会の資料調査は、ぜひとも実施したい。 研究報告書の作成は、4年間の研究成果になる。その中心的な柱は「長野県ニ於イテ左翼運動ニ関与セル小学校教員ノ手記」の復刻である。その復刻内容を学会の共有財産にすべく、報告書に掲載したい。さらに9名の教師についての解題もつけながら、「手記」の位置づけを試みたい。さらに新たに発掘できた「極秘 長野県小学校教員「全教教労支部」結成事件調査報告」と「秘 昭和八年 長野県小学校教員の左翼組織事件 学生部」の第一次史料についても復刻したい。それらの復刻や解題が、研究テーマに掲げた「二・四事件」が長野県だけではなく日本の教育界全体にとって大きな意味を持っていたことを実証することになるであろう。 さらに研究報告書に、これまで精力的に収集してきた長野県内の地方新聞の記事も採録したい。「外地」新聞記事資料として朝鮮での「二・四事件」の報道についても紹介したい。このような報道関係の資料は、事件のアナウンス効果を検証する資料として活用されることが期待されている。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由としては、前年度に予定通り使用額が消化できなかったことによる。その理由は、大きく2つある。ひとつは、資料調査に行く予定が、新型コロナ拡大につき、実施できなかったこと。ふたつに、それに伴って、調査の成果を研究成果報告書に盛り込むつもりが、採録することかぎできず、それゆえに研究成果報告書が刊行できなかったこと。 次年度使用計画は、それゆえに予定した資料調査を実施すること、その成果を盛り込んだ研究成果報告書を刊行することである。
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