2019 Fiscal Year Research-status Report
The Continuity of Educational Ideologies beyond Regions: From the Free Education in 1910-20's Shinshu Area to the Dowa Education in the Postwar Kansai Area
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18K02376
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Research Institution | Hyogo University |
Principal Investigator |
岡本 洋之 兵庫大学, 現代ビジネス学部, 准教授 (50351846)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 中村拡三 / 長野県教育史 / 大正新教育 / 東西南北会 / 白樺派(白樺教育) / 同和・解放教育 / 生活綴方教育 / 家庭訪問 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は,本研究の本論である中村拡三(1923-2002)の思想研究を行った。 研究代表者は当初,戦後の中村が,内心では故郷・信州の「大正自由教育」に範をとった,子どもたちの個性を開花させる教育を志向しつつも,部落差別の実態と同和教育界の状況から,義務教育の公立学校で目指す子ども像を運動家のみに画一化せざるを得なかったと考えていた。しかしこれを次のように修正する。 ①中村はたしかに大正新教育の影響を受けたが,それは単なる「子どもの個性を開花させる教育」ではない。彼が学んだ昭和初期の塩尻尋常高等小に強く残っていたのは,大正新教育のうち,人格教育を通して帝国主義世界における日本の国威発揚を図る「東西南北会」の空気であった。同時に彼は農学校までの教育で,学力は自発的学習でしか絶対に身につかないことを悟り,徹底的に自発性を重んじる「白樺派」の思想をも体得した。こうして大正新教育2潮流から影響を受けた彼は,下伊那郡で,列強と覇を争う軍国主義日本を自発的に支える教師となる(「自由教育」は沢柳政太郎による新教育の一潮流を指す名称であるから,大正新教育を「自由教育」と総称することの誤りも判明した)。 ②敗戦直後の中村は国家の存在理由を問うことにより,それを問わなかった東西南北会の思想を超えた。また1950年代に彼は奈良県吉野郡で生活綴方教育を展開しつつ,社会科学をふまえた教育を提唱し,社会科学と無縁だった白樺派の思想をも超え,ここに彼は大正新教育2潮流の思想を超えた。以後68年までの教員生活で,彼が一貫して多様な子どもの学びと育ちを保障し続けたことは実践記録が証明しているため,戦後の彼が,目指すべき子ども像を運動家に画一化したとみる先行研究は再考を要する。 このように研究代表者は仮説を修正しつつ,信州における大正新教育が中村を通して昭和戦後期関西の同和教育に伝えられたことを論証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究代表者は今のところ,研究対象たる人物のゆかりの地に足しげく通って情報を集めつつ,おおむね2年で一研究をまとめている。本研究開始以前に,断続的にではあったが横田三郎については1年半,中村拡三については半年間研究を行っていたため,本研究期間においては,横田研究として半年(2018年度前半),中村研究として1年半(2018年度後半と2019年度全期)を割り振り,両名に照準をあてた研究は本年度末で終了した。 以上の流れのなかで,2019年度末までに,横田研究については論文2点,中村研究については研究ノート1点,論文2点(近刊論文1点を含む)を著わし,上記5.に示したように,本研究開始時に設定した課題を論証した。 研究代表者はこのほか,2018年度に横田研究の論文中で,横田の影響を受けた1980年代の大学生たちを採り上げ,彼らが意識的にではなくとも,横田著作の内容に飽き足らずに新しい知を求めたことを指摘して,いま進められつつある「主体的・対話的で深い学び」が正しいことを主張できた。その後たまたま2019年度に研究代表者は,勤務校から教育実践に関する文章を書くよう命じられたため,「主体的・対話的で深い学び」に関連する内容を書き,それを本科研の関連研究に位置づけた。具体的には研究代表者は,静岡県総合教育センター,同県立中央図書館,藤枝市立岡部図書館等を訪れ,同県岡部町立(のち藤枝市立)岡部中学校の「総合的な学習の時間」とそれに関係した実践について資料を閲覧し,考察を研究ノート1点に著わせた。これは本研究開始時には予想していなかった収穫である。 以上より,今のところ本研究はおおむね順調に進展しているものと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は中村拡三研究を深めるため,彼が教師生活を始めた長野県下伊那郡を舞台として大正期に遡る。 『自由大学研究 別冊一』によると大正期の下伊那地域は,養蚕業を背景にした繊維工業と,それに伴う労働運動の,日本における一大中心地であった。富の蓄積により教養を学ぶ意欲を深めた富農・商工業者らは,哲学者・土田杏村(1891~1934)の指導下,1923年に信南(のち伊那)自由大学を開く。これに満足せぬ労働者らも自由大学を全面否定はしなかった。 しかし元来土田が自由大学の着想を得たのは,自由な古典解釈を通じ教養を学ぶ英国労働者の独学文化(autodidact culture)を否定し,社会主義革命理論以外は学ぶなと叫んだ英国人ポール夫妻(Eden Paul, 1865-1944; Cedar Paul, ?-1972)の著書Proletcultへの批判的読解による。 この「教養を学ぶことに反対した書から着想を得て,教養を学ぶための自由大学を創った」という複雑な英日間の情報の流れを分析するため,研究代表者は自由な古典解釈,自由な論述,自由な議論を意味するキー概念「独学」を設定し,これが土田ら自由大学関係者に理解されたか否かを追究する。 文献調査は国会・飯田市両図書館等で行うが,COVID-19蔓延のため不可能な期間にはインターネット上の史料を用いる。同感染症終息後に旅費を用い,東北アジア文化学会夏大会(7月),日本教育学会(8月),日英教育学会(9月),東北アジア文化学会秋大会(10月),関西教育学会(11月),大阪市立大学教育学会(12月)で考察を発表する。謝金を用い,英国人に東北アジア文化学会での発表原稿をネイティヴ・チェックしてもらう。 2020年度研究報告は,大正期下伊那郡教育史研究としては中間報告になるため,形式は論文でなく研究ノートとし,本科研終了後も研究を継続する。
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Causes of Carryover |
本年度末(2020年3月24日~31日)に,米国サンフランシスコ市公共図書館本館にて,本研究で扱っている内容が日系米国人社会からどのように見えたかを調査する予定であったが,COVID-19の蔓延に伴い,同市に緊急事態宣言が発令されたため,調査を断念した。 日米両国とも,COVID-19の終息見通しがまだ明らかでないため,現段階では同調査を行う目途も,また長野県等での国内文献調査を再開する目途も立っていないが,テレワークで可能な研究として,長野県における自由大学運動に関する情報と,同運動に影響を与えたポール夫妻らに関する英国諜報機関の情報をインターネット上で収集する。そのデータベースへのアクセス権購入に次年度使用額を用いる予定である。
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Research Products
(11 results)