2021 Fiscal Year Research-status Report
メディア発達を背景とした「唱歌」から「芸能科音楽」への展開
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18K02667
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Research Institution | Wakayama University |
Principal Investigator |
菅 道子 和歌山大学, 教育学部, 教授 (70314549)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 1926年小学校令 / 唱歌専科正教員 / 神戸市 / 大阪市 / 絶対音感教育 / 唱歌教授細目 / 堺市 / 芸能科音楽 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、1920 年代~1940 年代の時期において「メディアの大衆化が教育実践の主体的担い手の量的拡大と初等音楽教育の領域拡大及び質的変容を促進する一因になった」との仮説のもとに当該時期の初等音楽教育の形成過程と特質の解明を目指すものである。 第1に当該時期の教育制度の改変については、1926年小学校令改正による尋常・高等小学校「唱歌」の完全必置化と高等小学校に一部導入された教科目担任制に基づく唱歌専科正教員の配置の実態解明の作業を進めた。具体例として大都市地域(大阪市、神戸市)の唱歌専科正教員の配置状況を小学校令改正前後で比較すると、神戸市では増加傾向が認められるのに対し、大阪市では専科教員全体の増加はあるものの唱歌専科の増加は見られず、自治体の教育施策により相違があった。 第2に実践の内実として、神戸市編纂の教授細目(1938)等を見ると、歌唱の他、楽譜指導、鑑賞、器楽など指導領域を拡大して構成され、徳育とともに「音楽の本質美」に依る美育を目的に加えていた。一方大阪市編纂の教授細目(1929)等では、読譜指導を視野にいれた歌唱指導のみで構成され、目的については従来通り「徳性の涵養」の徳育を主たるものとして掲げていた。発行年の違いから単純に比較することはできないが、唱歌専科正教員を多く配置する神戸市には「芸能科音楽」に繋がる先駆的内容が含まれていることが確認された。 第3に、1930年代に東京市、堺市などの公立小学校で生まれた絶対音感教育については、出版刊行物、SPレコード、映画等、マスメディアによって宣伝され、一般化する動きが各地で見られた。特に、1930年代に小学生だった方へのインタビュー調査により兵庫県内の小学校では、音感の優れた児童が大阪の会場に集められて訓練を受け、その後、在籍学校で訓練の案内者の役割を担わされる事例があったことを確認した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
理由:本研究では研究課題を検証するために1)制度、2)実践者、3)メディアの活用の3点の課題を設定した。しかし、2021年度も2020年度に続きコロナ禍において資料の調査研究はほとんど開拓できなかった。進捗状況は次の通りである。 1)制度改革による「唱歌」拡大と「芸能科音楽」への影響について:①1926年小学校令改正により一部導入された「唱歌専科教員」の動向について神戸市小学校を大阪市の事例と比較しながら調査分析を行い論文化した。しかし東京市、京都市などそれ以外の大都市、また地方都市での動向については、一部資料を収集するだけで具体的な分析はできていない。 2)教師たちの教育研究団体の台頭と「唱歌」教育改革に及ぼした影響について:①2021年度は神戸市の唱歌専科正教員北村久雄の雑誌編集に加えて、東京市小学校唱歌専科正教員中野義見が編集する『教授法取扱方付初等二部三部曲』の資料を確認、調査に着手したのみである。②今後は教育音楽家・音楽家並びに公立小学校教員たちが中心となって編集発行した雑誌類の出版状況や研究会等の動向について見ていくことが必要である。③1930年代に生まれた絶対音感教育の一般化の動きを解明するために、情報提供して下さった当時児童であった兵庫県と埼玉県の2名の方に遠隔でのインタビューを実施することができた。これらの調査を論文化することが今後の課題である。また時間的制約があるものの、絶対音感教育の実態把握に向けた聴き取り調査、資料調査を継続する予定である。 3)メディアにより発信された教育実践とその影響について:①ラジオによる唱歌コンクールの誕生とそれに伴う発声法や歌唱指導の変化、地方小学校の唱歌教育実践のレコード化などメディアを活用した音楽教育実践についての調査は、コロナ禍の影響で中止となっている。対外的な調査が難しい場合には他のアプローチを検討する。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の今後の推進方策について、3つの視点から述べる。 1)1926年小学校令の制度改変による「唱歌」教育の実態把握:①唱歌科専科教員や視学等の専門家の配置状況とそれに伴う教育実践の変化についての調査分析を行う。神戸市、大阪市を継続調査すると共に、他の大都市(東京市、京都市)や地方都市(堺市、和歌山市)などの唱歌教育関係資料の収集・分析を行う。ただし個人情報保護の観点から学校の資料閲覧が困難な場合があり、またコロナ禍の影響による資料調査等の大幅な制限が予想される。その場合には現所蔵の関係資料の分析によって補完する。また教員養成機関の把握として、唱歌専科教員になるための音楽学校、師範学校の出身者、文部省教員検定試験の合格者など数種の経路とその特徴の解明も今後の課題である。 2)教員による教育研究団体の台頭と「唱歌」教育への影響:戦前から戦後初期に活躍した教員たちのグループ、研究団体、代表的実践者を雑誌記事等から把握しそれらの動向を探る。北村久雄編集の『楽譜指導』、中野義見編集の『教授法取扱方付初等二部三部曲』の分析を継続する他、絶対音感教育実践の機関紙となった『楽苑』、井上武士、小出浩平等により編集された『学校音楽』を中心に資料収集・分析を行う。 3)メディアによって発信された実践例とその影響:②ラジオによる唱歌コンクールの誕生とそれに伴う地方の小学校の「唱歌」教育実践並びに発声法や歌唱指導の変化について調査、分析を行う。②1920年以降「教育レコード」といわれるジャンルの中で小学校の実践として録音発行されたレコードの目的、内容等について資料整理と分析を行う。③メディアの発達・大衆化によって一般小学校の教員たちが自らの実践をラジオ、SPレコード等、マスメディアを通して発信することによる「唱歌」教育や教育政策、音楽文化への影響についての知見を得ることも今後の課題である。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じたのは,2021年度一年を通してコロナ感染症拡大の中で県外への移動,調査などの制限,自粛もあり,資料調査が殆ど実施できなかったためである。2022年度も可能な限り資料調査・聴き取り調査を継続して試みる予定である。しかし状況が改善されない場合には調査対象、分析方法等の計画を変更して検討を進めていく。
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Research Products
(3 results)