2018 Fiscal Year Research-status Report
スピン分解光電子分光の基礎理論の構築に向けた光電子スピン干渉の研究
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18K03484
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
矢治 光一郎 東京大学, 物性研究所, 助教 (50447447)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | スピン軌道結合 / 対称性 / スピン分解光電子分光 / スピン干渉 |
Outline of Annual Research Achievements |
近年,強いスピン軌道相互作用によりスピン偏極した電子状態に関する研究が盛んに行われている。トポロジカル絶縁体やラシュバ型スピン分裂をもつ表面におけるスピン偏極電子状態はその代表例として挙げられる。スピン・角度分解光電子分光SARPES法はこのようなスピン偏極した電子バンドを直接観測するための強力な実験手法として広く用いられている。しかしながら光電子分光は始状態・終状態・光のベクトルポテンシャルからなる光学遷移行列要素を観測しているため,SARPESで観測される光電子のスピン構造がそのまま固体中の始状態のスピン構造に対応するかどうかは自明ではない。本研究では光励起過程におけるスピン干渉効果を解明し,光電子のスピン構造から始状態のスピン構造を得る方法を探ることを目的としている。 平成30年度は,シリコンカーバイド上に成長させたスズ単原子層の電子状態をSARPESにより調べた。その結果,K点においてエネルギー方向に分裂した電子バンドが観測された。このバンドから放出された光電子のスピン構造を三次元的に調べると原子層に対して面直方向のスピンを持ち,そのスピン偏極度は約10%であることがわかった。一方,第一原理計算ではこのバンドは面直方向のスピンを持つが,スピン偏極度はほぼ100%であることが示された。よって,実験で得られた光電子のスピン方向は始状態を反映しているが,その偏極度は始状態と比較して大きく減少していることがわかった。この光電子のスピン偏極度の大きな減少は光励起過程における終状態効果に由来すると考えられる。一方,互いに反対方向のスピンが同時励起されることによって生じるスピン干渉効果は観測されなかった。したがって,この電子状態はアップスピンあるいはダウンスピンどちらか一方のみと結合した軌道波動関数の重ね合わせで形成されていると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は光電子のスピン構造から始状態のスピン構造を得るために重要な光電子のスピン干渉効果について解明することを目的としている。始状態がアップスピンと結合した軌道波動関数とダウンスピンと結合した軌道波動関数の線型結合で記述される系と,そのどちらか一方のみで記述される系それぞれにおいて,そこから放出される光電子のスピン偏極度を比較することは,スピン干渉効果について解明するために重要である。平成30年度はこれらのうちの後者に関して明らかにすることができた。 さらに当該年度には電子バンドのスピン分裂と対称性に関して,これまでの理解を大きく発展させる重要な発見があった。スズ単原子層の電子状態をSARPESで調べたところ,同じK点においてゼーマン型スピン分裂したバンドとラシュバ型に分裂したバンドの二つが観測された。従来はバンドのスピン分裂構造と物質の結晶構造の対称性は一対一で対応すると考えられていたが,そうでない場合もあることがわかった。第一原理計算を用いてこれらのバンドの電荷密度分布を調べてみると,ゼーマン型のスピン分裂を示すバンドはその電荷密度分布がK点においてC3対称性を持つのに対して,ラシュバ型のスピン偏極バンドはK点において電荷密度分布がC3v対称性を持つことがわかった。電子バンドのスピン分裂を正しく理解するには結晶構造の対称性だけでなく電荷密度分布の対称性を調べることが重要であると結論づけた。このように表面電子物性分野においてこれまでの理解を進展させる発見がなされたことは大きな成果である。 以上のような理由から本研究は順調に進展していると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は始状態がアップスピンと結合した軌道波動関数からなる電子状態から放出された光電子のスピン構造を調べ,光励起過程におけるスピン干渉効果と終状態効果によるスピン偏極度の減少についての知見を得た。今後は,始状態がアップスピンと結合した軌道波動関数とダウンスピンと結合した軌道波動関数の重ね合わせで記述される系を対象として光電子のスピン構造を解明する予定である。これまで,このような研究はトポロジカル物質を中心に行われてきた。一方,本研究では表面電子状態のトポロジーが自明である半導体表面吸着系について結晶の鏡映面上でのスピン干渉効果を調べることを予定している。背景にある物理は試料に依存した特殊なことではなく,光電効果そのものに関わる一般的なことであることを明確にするため,トポロジカル物質以外を試料とすることは意義があると考える。 また,励起光の入射角やエネルギー依存性に関する実験も行いたいと考えている。始状態が同じであっても励起状態は異なるので光学遷移行列要素が変化し,光電子のスピン干渉効果に影響を与えるはずである。これまでの我々の研究では,励起光として7eVのエネルギーを持つ光を使用していたが,11eVの光でも同様の実験を行う予定である。そのための装置開発を現在行なっているところである。 これらを総合的に比較検討することにより光電子のスピン干渉に関してより深く理解したいと考えている。
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Causes of Carryover |
当初の研究計画では平成30年度にGe(111)基板上のPb単原子層を用いてスピン軌道結合状態と光電子スピン干渉の研究,平成31年度にスピン軌道エンタングルメント効果が小さい系であるAu(111)の研究を行う予定にしていた。しかしながら,上述したようにSn単原子層を用いれば本研究の目的に加えてスピン分裂構造と対称性に関して重要な物理が解明できることがわかった。そこで予定を変更して後者のトピックについてSn単原子膜を用いて優先的に研究を行った。この予定変更により当初試料購入費として考えていた経費を使用する必要がなくなったため,次年度使用額が生じた。この予算は,平成31年度に研究成果を国際会議で発表するための旅費として使用する予定である。国際会議では研究成果をより広く研究者コミュニティに周知するために口頭発表を行う予定にしている。
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Research Products
(4 results)