2021 Fiscal Year Research-status Report
日本建築の材料としての木材に関する調査研究-近世の規格材と生産・流通・消費の実態
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18K04534
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Research Institution | Kyoto Institute of Technology |
Principal Investigator |
松田 剛佐 京都工芸繊維大学, デザイン・建築学系, 助教 (20293988)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 近世の材木の生産・流通体制 / 材木の生産・流通の実施主体 / 木曽材 / 丹波材 / 近世国家の成立と材木生産 / 近世経済の流通路の確立と材木生産 / 公用材と商用材 / 材木商人 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、これまでの成果である京都の材木の生産・流通体制について、その実態を広く意義づけることを目的として、全国的な材木の産出体制との比較検討を行った。即ち材木の産出体制が全国的に整備された近世初期の状況とその背景を考察し、京都の実態と比較することで、その意義を明らかにした。これは、これまでの一連の研究成果を俯瞰する中で、木曽材と丹波材の生産・流通の実施主体の違いに懸念が生じたからである。即ち直轄地の木曽が材木の産出を公的事業として執行したのは首肯に難くないが、皇室や幕府の直轄領も存在した丹波が、公的ではなく民間主導で材木の生産・流通を行ったことに、社会的・歴史的な意味があると考えた。以上の視点で研究を進めた結果、近世初期の国家形成史の諸研究から政治史的観点を獲得したことで、この疑問に対する答えを得ることができた。即ち、木曽に産業としての林業が成立したのは、天正16年に強権的に諸大名を動員して方広寺用材を求めた秀吉によるもので、伏見との交通経路も掌握したことから、秀吉による地方支配が目的として背景に存在した。材木産出が国内支配と連動することは、その流通路の把握が象徴しており、東国支配として木曽・駿府・紀伊材が、西国支配として日向・豊後材が、北国支配として越前材が、京都の秀吉の下に集められた。この時の実務は、奉行人の配置・直轄領の指定・豪商の懐柔により、戦国期の状況下で強権的に行われたが、戦国期を終わらせた家康には同じ手法が使えないので、材木生産を御用材と再定義し公共事業とすることで地方支配を行った。以上より、京都は皇室や上方材木商が温存されたため、江戸幕府による公儀の統治法としての材木産出が行われ得なかったと考えられる。材木流通路とその統治体制に着目することで、近世の材木生産の背後には、権力構造的な背景が存在する、という新たな知見を得ることができ、京都の独自性も確認できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
今年度は、前年度に引き続いて現地調査や史料収集が困難な社会状況であったため、一次史料の調査や出張が難しく、既往研究や翻刻史料を主に用いざるを得ない研究状況となってしまった。この状況を前向きに捉えて、これまでの研究成果を俯瞰する視点を得るべく、建築史や林政史に留まらず、近世の政治史や経済史の既往研究を幅広く渉猟した。これまでの研究成果を俯瞰する中で生じた疑問として、材木生産・流通の実施者の違いの意味が保留のままであった。また、木曽材と丹波材以外の、近世の全国的な材木流通経路も、通説の域を出ることができず、不詳のままであった。これらの疑問を解明すべく、先ずは全国の材木流通経路の形成過程を研究した。その結果、材木流通に着目することで、通説の「近世国家の成立に伴った経済状況の振興により、国内の流通経路が発達した」との見解を凌駕する視点を得ることができた。即ち材木は大きく必要量も膨大で、産出には人手と技術が必要なため、先行して流通経路を整備しなければならない。このことから、実は材木流通路の整備がいち早く行われて、その後に、この流通経路を有効利用することで国内経済が展開したと考えられるという視点である。またこの流通経路を掌握することで、流通と不可分の生産地までをも中央集権的に統治する体制を築いたのであった。即ち近世初期の材木生産は、国内統治体制の確立と連動していたのであり、戦国期を延長しようとした秀吉と、それを終焉させた家康とでは統治方法が異なることから、材木産出体制も、戦国期末期と近世初期とでは異なる、という視点を得ることができた。この知見を既往の成果の丹波と木曽の材木生産に照らし合わせることで、京都の歴史的背景の独自性を明らかにすることができた。材木生産に関して、このように、研究当初には設定できていなかった新たな視点を獲得できたことが、大きな成果であった。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の研究成果として、材木の生産体制とその流通経路に着目することで、それらの背景にある国家形成上の統治体制の意味を考察する視点を得ることが出来た。即ち、材木生産の実施者や、公用材と商用材の政治的様相に着目することで、材木生産事業の政治的・社会的な意味を考察することができるという視点である。すなわち、直轄領が存在しながらも民間商人が中心に実施した丹波材生産の歴史的背景について、近世的な政治体制の成立と対照して考えることで、京都の歴史に由来する独自的な特徴として、これまでの研究成果を意義づけることが出来た。このように、近世の国家形成を念頭におくことで、政治的・社会的な包括的な視座を獲得することが出来たことから、新年度は、この視点に立って、より詳細な具体的事例の研究を進めたい。即ち丹波材の具体的な産出状況について、より具体的に史料調査を行う。その方法として、大堰川流域で材木流通に関わっていた家分け文書史料の存在は確認済みであり、また生産地である山国荘と黒田村に関する史料も調査可能であることから、これまでのような材木生産量や規格の様相だけでなく、生産と流通の実施者とその政治的・社会的な背景に留意しながら、史料調査を進めたい。今年度は、材木流通に関して、研究着手当初にはそれほど重要視していなかった、近世初期の国家形成史上からの視点を獲得することが出来たので、新年度以降は、丹波材流通の実態の研究を、地方史に留まらない広い視点で進めることができると考える。また、秀吉期に地方から参集した材木技術者が京都に定住することで、後の大工組織である「洛中十組」が形成されたことが、既往研究から確認されたので、「洛中十組」を手掛かりに、流通後の消費体制の研究にも着手したい。
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Causes of Carryover |
今年度の社会状況から、予定していた史料調査のための出張がかなわなかったため、旅費相当分として、残額分の、次年度使用額が生じた。翌年度においては、当初の研究予定通りに、史料調査旅費として使用する計画である。
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