2019 Fiscal Year Research-status Report
植物の記憶消去メカニズムの解明;忘れられない変異体に着目して
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18K06069
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
土屋 徳司 日本大学, 生物資源科学部, 講師 (80758459)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 植物の記憶 / エピジェネティクス / 転写制御 / シロイヌナズナ |
Outline of Annual Research Achievements |
植物は高温、低温、乾燥、土壌高塩濃度、病原微生物の感染など様々なストレスに常に直面している。これらの非生物的および生物的ストレスに抵抗するため、植物は進化の過程で高い環境適応能力を発達させてきた。いったん発芽してしまえばその場から移動することができない植物は、1度受けたストレスに繰り返しさらされる可能性が非常に高い。実際、植物が1度受けたストレスに対して2度目にはより強く効率的に抵抗する、いわゆる1度目のストレスを“記憶”する例が知られている。この植物の記憶メカニズムを明らかにすれば、高ストレス耐性植物作出のための新たな分子育種法の開発につながると考えられる。そこで、本研究では植物の記憶の形成および消失に関する分子メカニズムの解明を目的として、本年度は以下のように解析を進めた。 昨年度、トランスクリプトーム解析によってシロイヌナズナの乾燥ストレス記憶を成すエピジェネティック情報により制御される遺伝子群(記憶形成遺伝子群)を網羅的に同定した。これらの遺伝子群の中には、本研究で着目する記憶の形成と消去を制御する推定クロマチンリモデリング因子が直接結合して転写制御をおこなっているもの、あるいは、間接的に影響を受けているものがあると推察される。そこで、クロマチン免疫沈降法を用いて記憶形成遺伝子群の中からクロマチンリモデリング因子が直接結合するゲノム領域の同定を試みた。その結果、既知のストレス応答性遺伝子に加えて、非コード長鎖RNA転写領域へもクロマチンリモデリング因子が結合することが明らかとなった。これらの結果より、植物環境記憶の形成および消失において、非コードRNAが植物記憶形成ネットワークのより上流に位置しており、機能的に重要な役割を果たす可能性が示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では研究期間を3年と設定し、初年度にトランスクリプトーム解析を実施し、2年目である本年度は、トランスクリプトーム解析により同定された記憶形成遺伝子群の中から推定クロマチンリモデリング因子が直接結合するゲノム領域の同定を行う計画となっている。実際に、本年度はクロマチン免疫沈降法による解析により、当初から予想されたストレス応答遺伝子座のみならず非コードRNAを転写するゲノム領域も推定クロマチンリモデリング因子の直接的なターゲットとなっていることがわかったことから、当初の予定通りに十分な成果が得られたと考える。 一方で、研究を進める中で新たな疑問点も浮かび上がってきた。本研究の開始前の予備実験で得られていた乾燥ストレスにより誘導される推定クロマチンリモデリング因子の機能欠損変異体の形態形成に関する表現型の再現性がとれない場合がある。再現性を検証した結果、この表現型のゆらぎは実験技術のばらつきから生じるものではなく、生物現象として生物的なゆらぎであることがわかってきた。こういった生物的なゆらぎは、しばしばエピジェネティック変異体で観察されるものであるため、本研究で解析を進めている植物のストレス記憶はエピジェネティック情報によって成り立っている可能性が非常に高い。来年度は、推定クロマチンリモデリング因子が直接ターゲットとするゲノム領域の転写調節がヌクレオソーム含有率の変化により引き起こされているのかどうかを検証するためにFormaldehyde-Assisted Isolation of Regulatory Elements (FAIRE) 法による解析を行う予定である。この実験により本年度新たに生じた疑問点への解が導かれることを期待している。 以上のように、研究計画はおおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究で実験材料として用いているシロイヌナズナ変異体においては、研究代表者が同定した新規推定クロマチンリモデリング因子の機能が欠損している。この推定クロマチンリモデリング因子は、そのドメイン構造からクロマチンリモデリング因子としての機能を持つと考えられるが、この仮説を証明するデータはない。本研究の最終年度である2020年度では、Formaldehyde-Assisted Isolation of Regulatory Elements (FAIRE) 法を用いて推定クロマチンリモデリング因子が直接結合する標的遺伝子座において、ヌクレオソーム含有率がストレス応答時に変化するかどうかを調べる。 初年次から行ってきた実験においては、各々の実験時に育成した植物個体を用いて実験を行う必要がある。よって同一条件下で育成した植物を材料として用い、「推定クロマチンリモデリング因子の標的クロマチン領域への結合/ヌクレオソーム含有率増加/RNA発現抑制」の相関性を再確認する必要がある。2020年度は、推定クロマチンリモデリング因子のターゲットとして同定した遺伝子座を対象として、ChIP-qPCR法、FAIRE法、RT-qPCR法を用いて相関性の再確認を行う予定である。 研究対象としているシロイヌナズナの推定クロマチンリモデリング因子には高い相同性を持つパラログが存在することから、機能重複が考えられる。当初の実験計画には含まれていなかったが、現在、それらのファミリーメンバー間での2重および3重変異体の作出を試みている。2020年度に行う研究においては、この多重変異体の解析も行う予定である。
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