2018 Fiscal Year Research-status Report
ヒトの中硬膜動静脈の系統発生を記述・解明するための評価枠組みの確立
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18K06440
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
久保 大輔 北海道大学, 医学研究院, 准教授 (00614918)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 中硬膜動脈 / アブミ骨動脈 / 近代日本人 / 人類進化 / 形態変異 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、骨標本で観察可能な中硬膜動静脈に関する変異に関して、現生人類と化石人類の形態を比較するうえで有効な評価方法を確立すること、またそれをホモ・エレクトスの化石標本に適用することによって、ヒトにおける中硬膜動静脈の進化の一端を理解することである。平成30年度は、原始的または派生的形質と報告されている特徴に焦点を当てて、頭蓋冠を分離した日本人頭骨57個体分(左右各57例)を対象に調査を行い、以下の2形質について、定性的分類方法の試案を作成した。一つは、中硬膜動脈ブレグマ枝の起始動脈が眼窩と棘孔のどちらにより密接に関連しているかに着目した分類である。参照した日本人頭骨標本にこれを適用すると、ブレグマ枝の起始動脈が眼窩か棘孔のどちらか一方のみを経由している例は稀だが、眼窩経由の動脈の寄与は観察例の6割近くにおいて限定的であり、眼窩経由の動脈の寄与が相対的に大きいと見なせる例は全体の1%である、という結果が得られた。もう一つは、アブミ骨動脈の上枝前部と上枝後部の分岐点の位置による分類である。分岐位置が棘孔とほぼ一致している例は派生的と見なされるが、日本人頭骨標本ではこれが全体の5割を占め、分岐点が後関節窩孔付近に位置する例は原始的と見なされるが、日本人標本でこれが観察された例は3%以下であった。ホモ・エレクトスに属するサンブンマチャン4号の三次元プリンタ造形では、眼窩経由の動脈とブレグマ枝の関連が明瞭、かつアブミ骨動脈上枝の分岐点がかなり外側に位置しており、これらの点に限れば原始的であることが示唆される。ただし、これは一観察例に過ぎず、また分類方法自体も改良の余地がある。以上の成果の意義は、化石資料と現生人類を比較するための基準が一部整理されたことにある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
東京大学総合研究博物館が所蔵する近代日本人頭骨資料を調査し、頭蓋腔の観察に適した開頭済みの頭骨が180点あることを確認した。左右あわせて360例の観察が可能で、これは定性的分類方法を作成するために必要な数を満たしている。平成30年度に観察した標本はそのうち57個体分で、効率的な記録・観察方法を模索しながら、定性的分類を行う形態特徴の選定と分類方法の検討を行なった。肉眼観察に基づく描画を主たる記録手段としたが、必要に応じて写真記録を取った。骨表面形状を肉眼で把握しにくい箇所については、印象採取を併用した。また、観察方向と反対側から高輝度可視光を骨に照射することによって頭骨を貫通する血管の経路の可視化を試み、この簡便な手法が一部の観察例で有効であることを確認した。 調査の結果、平成31年度以降詳細に分析すべき形質として、ブレグマ枝に続く近位動脈の起始に関する変異、アブミ骨動脈の上枝前部と上枝後部の分岐点に関する変異、および頭頂骨後部の上下それぞれに至る硬膜枝の起始に関する変異の三点を選定するに至った。これらはヒトの進化の過程でその割合が変化したことが予測され、かつ定性的に分類可能と見込まれる変異である。これら三点のうち、前二点については、定性的分類の試案を作成し、57個体分のデータを予備的に収集した。一方で、実際の形態変異は千差万別で、分類に適合しないケースや、評価の難しいケースが少なからずあることがわかり、方法の要改善点や限界が明確になった。以上の進展があったことから、おおむね順調に進行しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
当初計画では2019年度以降に古人骨の調査も行なう予定であったが、以下の理由によりこの計画を修正する。観察可能な日本人標本について必要最小限の記録(描画、写真、印象)を取るだけでも相当な時間を要することが判明したこと、一度観察した個体についても日を改めて観察することで分類結果の再現性を検証する必要があること、十分なサンプルサイズを確保できる近代日本人集団の変異について信頼性の高い記載を行うことが化石との比較群を作成するという目的に適うと考えられることから、2019年度も引き続き日本人頭骨を対象とした定性的分類の改良とデータ収集を進める。 2019年度は、観察項目に選定した三点それぞれについて、再現性のある分類基準を作成することが最重要の課題となる。そのため、各分類に典型的に当てはまる事例、境界的な事例、分類に適合しにくい事例について、豊富な写真記録と描画記録を作成し、分類の定義を明確化する。また観察対象となる形態は変則的な事例を多数含んでいるため、より多くの観察を行うことが重要である。そこで、2019年度は、東京大学総合研究博物館が所蔵する頭蓋腔の観察に適した開頭済みの日本人頭骨全標本の観察を完了させる。
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Causes of Carryover |
頭蓋腔の観察用として先端可動式の工業用内視鏡を購入することを当初計画していたが、平成30年度に実施した調査の結果、当該機器を必要としない標本(頭蓋冠が切断された頭骨)を対象とした調査に注力することが望ましいと判断し、先端可動式ではない安価なデジタル顕微鏡を購入した。そのため平成30年度の実支出額が少なり、次年度使用額が生じた。一方で、平成30年度の調査の結果、頭蓋冠が切断された頭骨資料の調査だけでも相当の調査日数がかかることが判明した。このため、2019年度は当初の見積もり以上に調査旅費が必要となる。そこで2019年度は、2019年度請求分のうちの半分と2018年度未使用分全額を調査旅費に充て、残りの2019年度請求分はパソコン周辺機器及びプリンタのトナー等消耗品の購入費、研究成果発表のための出張費に充てる。
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