2018 Fiscal Year Research-status Report
Biological basis of sunk-cost effect: Social foraging modifies learning rule and causes irrational behaviors
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18K07351
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
松島 俊也 北海道大学, 理学研究院, 教授 (40190459)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 埋没費用効果 / コンコルドの誤信 / 最適採餌理論 / 行動経済学 / 行動生態学 / 学習理論 |
Outline of Annual Research Achievements |
【研究の課題】埋没費用効果とは、「より多くの労働を投資した(コストを払った)対象に対しては、実際に得られた利益(報酬)に比べて不合理に高い価値を付与する」行為特性である。既に投資してしまったコストは回収不可能であるから、それに基づいて現在また将来の行動を変えていく理由はない。経済学の世界ではサンクコスト効果、あるいはコンコルドの誤信としても知られており、人間の経済的意思決定の中に不合理性が内在していることを示す例として知られている。 【具体的な目標】本研究ではふ化後間もない鳥類の雛(以下ヒヨコと称す)を対象として埋没費用効果に相当する行動が起こるか、それは行動生態学の予測する最適採餌理論から予測される行動からも逸脱する不合理行動とみなしうるか、を明らかにすることを目的とする。 【方法】我々の先行研究と同様に、I-字型迷路を用いその左右に給餌器(餌パッチ)を設ける。給餌器はプログラム(Arduinoというマイクロコンピューター)によって制御され、予告なく餌(粟や稗)を一粒ずつ供給する。また、左右の給餌器の間にはトレッドミル(強制歩行器)を設け、餌場に到達するために一定の時間(また距離)を歩かねばならない。他方、給餌器が餌を供給するタイミングは徐々に長くなり、滞在すればするほど給餌率が低下するように設けられている。ヒヨコはある滞在時間の後に離脱することが利益率を最大化する最適行為であり、給餌器の間の移動時間が長いほどその滞在時間も長くなるべきである、と予測される。 【結果の概要】より長い移動時間を強いるほど滞在時間は長くなり、最適採餌理論による予測と一致した。しかし、利益率を最大化する時間以上に滞在する傾向があり、準最適な行動が実現していた。さらに、餌に到達するまでのコスト(移動時間・距離)に加え、餌を消費するために支出するコスト(ついばみ回数)の効果について解析を始めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1.「滞在時間の延長は給餌器(餌場)に対する主観的価値を高めない。」移動時間を延長すると速やかに滞在時間が長くなる、これが最適採餌理論の予想である。実際、ヒヨコはこの予想に一致する行動を示し、あたかも餌場に対する主観的価値を高めているかのように見えた。そこで新しい実験として、左右二つの餌場への移動労働投資に差をつけた。左(赤色)の餌場には2ターンの歩行で到着するが、右(黄色)にたどり着いて給餌を受けるためには8ないし12ターンを必要とするよう条件を変えた。ただし、二つの餌場は全く同一である。投資量の違いが餌場での滞在時間に差をつけることを予想したが、予想は完全に外れた。 先の結果と同様、一方の餌場の給餌率のみを逓減した場合、二つの餌場での滞在時間は共に長くなった。容易にたどり着ける左の餌場でも、たどり着くためにより多くを走らねばならない右の餌場でも、その滞在時間は等しいものとなった。さらに、採餌行動を計測した直後に、二つの餌場(それぞれ赤色と黄色に色分けしてある)に対する二者択一を調べたところ、ヒヨコは移動時間(投資した労働コスト)に依らず、両者を等しく選ぶ事が判明した。 すなわち埋没費用効果が生じたと考えることができず、ヒヨコは餌場の利益(およびその逓減)に応じて滞在時間を柔軟かつ速やかに決定することが分かった。
2.「セロトニン系を実験的に亢進すると滞在時間に変化なく啄み投資が低下し、固執的採餌が抑制された。」餌場に到達するための時間(移動距離)に加えて、餌場で餌を獲得するために投資しなくてはならない労働コストもまた、経済的意思決定にとって重要である。予備的な実験として、SSRI(選択的取り込み阻害剤)を投与したところ、固執的採餌が抑制されることを見出した。餌場の滞在時間については著しい効果を認めなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに最適採餌と埋没費用効果の本質的な違いが明らかになった。前者は長期相場観と瞬間利益率評価の正確な評価によって説明できる。他方、後者は学習を伴う長期的な価値評価を示唆する。両者を結びつける神経機構に着目して検討を進める。SSRIは収益逓減する餌場に対して滞在時間を短くする(Matsunami et al. 2012)。他方、ドーパミン系の阻害は労働投資の社会的促進に影響せず、報酬率の変化に伴う学習を阻害する(Ogura et al. 2015)。さらに社会的促進はヒヨコの弓外套(前頭連合野と運動関連皮質の複合領域)の破壊によって抑制される(Xin, Ogura et al. 2017)。弓外套はセロトニンとドーパミンの投射を受けており、コストに基づいて価値評価を学習する過程に関わると推定される。実際、弓外套は報酬予期と実報酬に対する単一ニューロン活動応答がある(Aoki et al. 2003)。 既に予備実験の結果、弓外套に限局した破壊によって労働評価が阻害され、過剰な固執的啄みが起こることが分かった。これはSSRIの効果と拮抗的である。そこで2019年度と2020年度は、弓外套に焦点を絞って以下の研究を進める。 (1)弓外套の局所破壊が労働投資(ついばみ回数、歩行距離)あるいは時間知覚にどのような影響を与えるか検討する。弓外套に対する局所的なSSRIの投与、あるいはセロトニン受容体阻害剤の投与を行い同様の影響を確認する。 (2)弓外套から単一ニューロン活動を導出し、予期報酬(餌の量)に対する神経活動が予期される労働投資(コスト)によって抑制(労働コスト割り引き)されるか、あるいは逆説的に上昇するか、を検討する。前者であれば弓外套は効用の計算に関わり、後者であれば弓外套は最適行動の実現のために脳内で埋没費用効果を表現していると結論できる。
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Causes of Carryover |
年度末に購入すべき消耗品を購入しなかったために生じたものである。新年度に動物用の飼料の購入に充てる。
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