2019 Fiscal Year Research-status Report
量子ビームが開始する初期化学反応から生体内機能分子障害へ至る反応の定量解析
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18K07739
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Research Institution | National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology |
Principal Investigator |
上野 恵美 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 放射線医学総合研究所 放射線障害治療研究部, 研究員(任常) (30296826)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 放射線 / 酸化反応 / 初期化学反応 / 活性酸素 / 過酸化水素 / 生成密度 / 局所反応 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、放射線由来の活性化学種の生成およびそれによる酸化反応量を定量的に解析し、生物応答の引き金となる初期化学反応を解析することを目的としている。 2018年度は、分子プローブとして使用する安定ニトロキシルラジカルの放射線による消去反応についてそのメカニズムを調べ、その結果の一部はJ. Clin. Biochem. Nutr.誌に発表した。また、ニトロキシルラジカルの水溶液に比較的高線量の放射線を照射すると、ニトロキシルラジカルがその常磁性を失い、電磁常磁性共鳴(EPR)信号の減衰が観察されるが、そのメカニズムは不明な点が多く残っていた。そこで、過酸化水素濃度と反応開始の条件について解析を行った結果、酸化性の何らかの生成物あるいは添加物と、共存する高濃度の過酸化水素が、ニトロキシルラジカルのEPRシグナル減衰を引き起こす反応に深く関与していると考えられた。 2019年度は、上記で観察されたニトロキシルラジカルの還元反応に基づいて、X線照射により水中に生じる高濃度過酸化水素クラスター間の距離の測定を試みた。その結果、高濃度過酸化水素クラスター間の距離は40 - 47 nm程度であることが分かった。これらの成果は、SfRBM 2019および日本放射線影響学会第62回大会おいてポスターによる発表を行った。また、これらを論文にまとめて投稿しており、現在その審査中である。 更に2019年度は、水溶液試料内に生成する過酸化水素の平均の濃度および高濃度過酸化水素クラスター間距離について大気下と低酸素条件下で比較した。酸素はヒドロキシルラジカルの生成にはほとんど影響を与えなかったが、過酸化水素の平均の濃度および高濃度の過酸化水素クラスターの状態には酸素濃度の違いによる変化が見られた。これらの結果の一部は2月に開催されたGordon Research Conferenceにおいて発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2018年度の重粒子線(炭素線)照射実験に配分されたマシンタイムが希望より少なく、当初の計画が2019年度にずれこんでいた。このため。2019年度は、炭素線照射実験のマシンタイムを可能な限り効率的に利用するよう図り、遅れを取り戻すよう試みた。しかしながら、2019年5月末に所有するX-band EPR装置の1台に不具合が生じ、古い装置であったため部品の調達が困難であり、復旧するまで5ヶ月以上を要した。更に、10月下旬に本装置に接続しているデータ取り込みおよび解析用のPCが不具合を生じ、ハードディスクの交換を行ったため、約1週間の間、2台のEPR装置が停止する期間があった。以上のような予期せぬ状況があったため、炭素線照射実験については優先して実験を進めたものの、X線照射実験に関しても同時に計画通りに実験を進めることは困難であり、計画全体の遅れを取り戻すまでには至らなかった。 しかしながら2019年度は、水溶液試料での活性酸素生成についての解析を一通り終了することができた。試料内に生成した過酸化水素の平均の濃度は、大気下ではLETに依存して過酸化水素生成量が減る傾向が見られたが、低酸素条件ではLETの増加とともに過酸化水素生成量も増加した。高濃度過酸化水素クラスター間距離については酸素の有無では変化が無いように思われたが、低酸素条件下ではプロットの形状が変化し評価が行いやすくなることから、低酸素条件下でクラスターが安定になることが予想された。2018年度の成果と合わせ、放射線の種類による水中における活性酸素生成の初期密度の違い、およびそれに対する酸素濃度の影響を把握するに至った。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度は、X線または重粒子(炭素)線を油水混合反応系に照射した中で生じる活性酸素種・フリーラジカル種の生成量および酸化反応量の定量を行う予定である。大気下および無酸素条件下でX線または炭素線照射を油脂溶液試料、または油水混合反応系に照射して、EPRスピントラッピング法を用いて活性酸素種・フリーラジカル種の生成量の定量、およびEPRスピンプローブ法を用いて酸化反応量の定量を行う。既に水中で観測された活性酸素生成密度に基づいて電離の密度を予想し、同様の電離が油脂中で生じることを仮定した場合に、油脂中で生じるであろう炭素中心ラジカルの量およびその反応性と、それらによる油脂の酸化生成物の量を評価する予定である。
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Causes of Carryover |
機器の不具合およびマシンタイム利用の効率化に伴い、実験計画の見直しを行ったため消耗品等の購入がずれ込んだことによる。
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