2018 Fiscal Year Research-status Report
室町期における「人物故事」と「自然」表象の研究――和漢のことばと絵の交叉から
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18K12225
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
宇野 瑞木 東京大学, 東洋文化研究所, 特任研究員 (60794881)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 室町時代 / 16世紀 / 文学 / 美術 / 自然表象 / 環境文学論 / 和漢 / 二次的自然 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、次項のごとく概ね12月のワークショップの準備に充てられた。以下、その概要を述べる。一日目は、〈和漢〉のうち〈漢〉に焦点をあて、室町山水の専門家である島尾新氏が「「内在化」のかたち:「漢」の自然表象と故事人物」と題した基調講演を行い、パネル1「〈漢〉の故事人物と自然表象の世界」で、入口敦志氏が日光東照宮の人物彫刻と中国故事、齋藤真麻理氏が戯画図巻、また宇野が二十四孝図と四季表象について発表した。宇野は、特に本科研に関わる16、7世紀の狭間の時期に、中国古代の四時と天子の徳の結びつきの世界観が、二十四孝のイメージを通して召喚され、日本の四季概念に融合していく過程を、特に「大舜」の「耕春」の詩句の受容に着目して論じた。 午後のパネル2「人ならざるものとの交感」では、和漢のコード化した自然表象とは別の、野生の自然との交渉とその表現化の可能性を問うべく、高橋悠介氏が禅竹の作能、伊藤慎吾氏がお伽草子の擬人物を扱い、異類と人間との関係性について各素材の特徴に即した問題を示した。 二日目は、〈和〉を中心とし、徳田和夫氏が「変化と変身――自然と人間」、佐野みどり氏が「中近世絵画に見る音の風景」と題し、お伽草子、また源氏物語絵巻やその他の絵巻について、オーラルな素材と絵画資料への着眼、また絵巻から聞こえる「音」に耳を澄ます独自の視点が示された。パネル3「〈和〉の故事人物と自然表象の世界」では、永井久美子氏が『源氏物語』幻巻の四季と浦島伝説、井戸美里氏が名所絵に投影される和歌、粂汐里氏が語り物の風景描写について道行文の絵画化の問題を扱った。最後のパネル4「〈漢〉の風景の創出と継承」では、野田麻美氏が江戸狩野派による雪舟様式の展開について新説を展開、亀田和子氏が蘭亭曲水宴図の江戸期における和様化を論じた。以上、二日通して、文学・美術・芸能に亘って「環境」に関する議論が交わされた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、「人物故事」にまつわるコード化された「自然」の〈和/漢〉の領域にまたがる配置と位相の変容のプロセスを明らかにすることを目的としている。そのために、二年間の研究期間のうち、一年目は、文学、美術はじめ他分野の交流する場を作り意見交換を行う計画を掲げていたが、予定通り、文学・美術史、芸能、歴史を含む関連分野の研究者を集めた大型ワークショップ「和漢の故事人物と自然表象――16、7世紀の日本を中心に」(12月22-23日、東洋文化研究所大会議室にて)を開催することができた。以下、その経緯を具体的に示す。 7月にハワイ大学ウエストオアフ校講師の亀田和子氏と、また秋から数回にわたり学習院大学・島尾新教授とMTGをし、パネル構成を決定した。特筆すべきは、佐野みどり教授の協力により学習院大学人文科学研究所・共同研究プロジェクト「前近代日本の造形文化における古典知の構築」との共催という形を持てたことである。こうした協力体制もあり、準備は円滑に進めれられ、当日は遠方からのオーディエンスも含め盛況となり、闊達な議論が交わされた。 ワークショップの成果としては、歴史研究を中心に進められ、近年古典文学研究に導入された「環境」の視座を、美術・芸能研究者とも共有できた点、また文学・美術・芸能における文体・レトリック・自然を描く技法といったそれぞれの表象の技術的特徴の問題が前景化した点、また野生との交感の表現としてオーラルな世界の重要性が確認された点などが挙げられる。 一方で、「自然/環境」という語が古語にないこともあり(「自然」は存在するが、この場合の意味とは異なる)、議論の土台となる概念定義とその共有が十分でなかった点は、主催者としての自身の準備不足によるもので、今後にむけての反省点である、今後、さらに環境研究の今の水準を踏まえつつ、文芸固有の問題として「環境」の視座を示すことが求められよう。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度の本年度は、一年目に実施した二日間の大型ワークショップの内容を、何らかの形で公刊することを目指す。但し、ワークショップの方向性がかなりの拡がりを持ったために、本としてまとめるには工夫が必要と思われる。したがって、章立て、全体の構成をしっかり練り直したい。 本ワークショップの企画に関わった研究者とMTGをし、出版に向けて論考執筆の主旨と論考の配置を検討し具体的な構成案を作成した上で、出版社に掛け合う。構成を確定した上で、執筆要項と依頼を夏前に出し、1月締め切りとし、3月までの刊行を目指す。 現時点の構成案としては、まず全体を貫くテーマとして、16―7世紀の日本の自然表象に着目し、文学・美術・芸能という多角的な素材・アプローチから論じることを新機軸として打ち出し、その理論的枠組みの一つとして、今回掲げたコロンビア大学のハルオ・シラネ氏の「二次的自然」という概念を中心に、全体の枠組みの再検討も含め各論を提示してもらうことを考えている。この「二次的自然」の興味深い点は、一方でコード化された都の貴族文化中心の自然表象とは別の、農村文化中心の自然観や野生の自然との交感とその表現化というテーマをあぶりだすことである。この後者の自然観については、主にパネル2の議論に担ってもらうことになるが、パネル2は発表者が2名のみであるため、コメンテーター等論考を依頼したいと考えている。さらに、現代文学研究における環境の視座と古典世界との接続可能性について論じてもらうことで、現代と古典との双方向的なパースぺクティブを設ける予定である。 以上の構成によって、16,7世紀の和漢のコード化された自然表象の隆盛と一方で同時代における現実の自然世界への興味関心の噴出の相反するような自然をめぐる表現世界の全貌、そして歴史的なコンテクストを把握する書籍として刊行することを目指す。
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Causes of Carryover |
今年度は、ワークショップ企画・実施を中心に進めてきており、その実施の費用に充てることを予定していた。特に、その出費の大部分は、海外からの研究者数名の招聘にあてることが見込まれたが、研究者の事情により本科研からの支給を辞退されたために、国内の移動費のみとなり、残金が予定より多くなった。 また、本課題においては、一年目の出費はワークショップ実施を中心とした上で、二年目の公刊に資金がより必要となることが見込まれたために、初年度より多く見積もっていたため。
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