2020 Fiscal Year Research-status Report
新派映画の音--弁士の語りと日本の口承芸能について
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18K12234
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
谷口 紀枝 日本大学, 芸術学部, 研究員 (70782697)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 新派映画 / 弁士 / 口承芸能 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は前年度に引き続き、新派映画に付随した音に関する資料を、弁士台本、映画演芸雑誌、新聞媒体などから渉猟し、同時に新派映画を素材としたSPレコードをデジタル化した音源から文字起こしの作業を行なった。日本の芸能に関するその他の領域、琵琶演奏、落語、講談、浪花節については、基本的文献を網羅し、映画に付随した音との関わりに関する検証を進めている。映像の解析に関しては、これまでの研究を継続する形で文字媒体から失われた映像に関する言説を渉猟する作業を進めており、今後も、日本の口承芸能と映画に付随した音との相関性、その社会における影響に関しての考察を深めていく。 本年度は、連動して研究を進めている、挑戦的研究(萌芽)「新派映画と「新派的なるもの」の系譜学」(2018-2020)の共同研究者と映画研究誌『映画学』第34号において、新派映画の特集を組み、オンラインを利用した研究会を経て、研究論文「新派映画の音―初期時代の映画常設館における女性の声について 」を投稿した。この論考は、同時代に発行された映画雑誌を一次資料として活用し、映画の上映館に響いた女性の声について特に女性弁士に焦点を当て実証的に検証したものである。本検証で明らかになったのは、映画上映館においては、男性弁士の存在が圧倒的であり、女性の声は、女義太夫、女大夫、瞽女唄など、伝統的な芸能の延長線上にとどまり、近代劇である新派映画と結びつかなかったということであった。この検証をきっかけに、今後は新派映画の音とジェンダーとの関連についても考察を進めていきたいと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
文字媒体の資料渉猟は順調に進んでおり、収集した音資料の検証も進行中である。本年度は、新型コロナウイルスの影響で、各種図書館、映画アーカイヴにおける資料収集が困難となったため、手元にある資料、書籍からの情報を整理することに努め、ネット公開されている資料などの検索を進めると同時に、オンラインで開催された研究学会やワークショップに積極的に参加した。本年度は特に、ドイツのボン大学と日本を結んで全4回にわたって開催された、「日本研究における資料としてのSPレコード」において多くを学んだ。ボン大学では、日本で発売された大量の映画説明を含むSPレコードコレクションのデジタル化と公開に向けたプロジェクトが進展しており、今後の研究に大いに寄与するものと思われる。日本においても、研究機関より公開されているSPレコード収録の新派演劇に関する音声など活用できる素材があるので、今後もこれらを積極的に利用し、デジタル化したSPレコードの文字化と並行して、収録された音についての検証をまとめていく計画である。 本年度は、例年であれば、数回にわたり国立映画アーカイヴにおいて実施している特別映画上映会も共同研究会も開催することができなかったが、共同研究者とは、メールのやりとりや、オンラインの会議機能を利用して交流を続けており、そこで新たに出会った研究者と闊達な意見交換ができたことは、自身にとってはかなり有益であったと感じている。ネットを活用したオンライン学会や研究会は、国内外からの参加が可能であり、研究領域を跨いだ交流など有意義な点も多いことから、今後も自身の研究発表を含め積極的に参加していきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は期せずして、ネットで視聴可能な明治大正期に発行された新聞や、映画雑誌の復刻版の隅々にまで目を通す機会を得た。『映画学』に掲載された新派映画の音に関する論考においては、日本で最初に新派映画が作られた映画草創期に遡り、同時代の映画上映館において、男性集団であった弁士の中に存在した女性の声を、各時代の映画雑誌を検証することで拾い集めたが、この雑誌に掲載された記事の渉猟で明らかになったことは、女性弁士の存在が記事として取り上げられる機会は皆無に近く、それは読者からの投稿欄で僅かに散逸した言及に限られていたことであった。女性を主人公としながらも、女性役は女形により演じられ、上映の際には、男性弁士の声が添えられた新派映画に、女性の身体や声が介入する余地はなかったのであろう。そんな中、新劇界において松井須磨子という女性の身体と声をもった女優が誕生し、その影響が新派映画にも及んでいく。 今後は、男性弁士の映画説明が収録されたSPレコードをデジタル化した音資料の解析を進めるとともに、女優の誕生後、女性の声がいかなる経路を辿って、新派映画と結びついていったのかについての検証も進めていきたいと考えている。また、本研究は挑戦的研究(萌芽)「新派映画と「新派的なるもの」の系譜学」(2018-2020)と連動して活動してきたが、今後もこの共同研究を継続させ、研究論集の出版に繋げたいとと考えている。
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Causes of Carryover |
本年度は、各種図書館、映画アーカイヴにおける資料収集が困難となり、研究の推進においては遅延が発生した。次年度はこれらの機関を利用して、弁士台本、映画脚本なども含め、新派映画に付随した音に関する文字媒体の資料を渉猟するのと同時に、引き続き必要書籍の購入も行う。音資料としては継続して新派映画に関連したSPレコードの検証を進め、日本の口承芸能との相関性についても考察していく。研究の成果としては、秋から年度末にかけて、自身の研究発表も兼ねて共同研究会の開催を計画しており、この研究会においては、可能であれば、新派映画研究者に加えて、浪花節研究者、日本の影響が波及したアジア圏における新派映画研究者、メロドラマ研究者など、領域を広げて広義に新派映画研究を展開させていきたい。 また、昨年延期になった初期映画に関する世界的に最も権威のある国際学会ドミトール・パリ、新プロジェクトを通じて発掘、発見された無声映画の上映が行われる伊ボローニャ復元映画祭、そして世界の映画アーカイヴの協賛で独自のプログラムが組まれ、大規模な無声映画上映が行われる伊ポルデノーネ無声映画祭などに、海外渡航が可能となっていれば参加し、世界の映画研究者と語り合う機会を再び持ちたい。
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Research Products
(4 results)