2018 Fiscal Year Research-status Report
クレズマー音楽の変容プロセス――音楽の社会的機能と演奏家の思想との関係から――
Project/Area Number |
18K12258
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
三代 真理子 東京藝術大学, 音楽学部, 講師 (30756820)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | クレズマー音楽 / ユダヤ人の音楽 / 音楽変容 / 音楽様式分析 / レパートリー分析 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は第一に、クレズマー音楽がユダヤ人の民俗音楽からワールドミュージックへと発展する契機となった、20世紀後半の復興期における音楽活動や演奏者の思想を調査した。この調査は文献やウェブサイトの情報に加え、復興活動の主要な担い手であったHenry Sapoznik氏、Zev Feldman氏、Alan Bern氏、Frank London氏らへのインタビューを中心に実施した。その結果、復興期前半(1970年代から80年代前半)では、クレズマー音楽の演奏はユダヤアイデンティティの追求に主眼が置かれていたが、徐々にこの傾向は影を潜め、復興期後半(80年代後半以降)では音楽的なイディッシュ性を追求しつつ、他ジャンルの音楽要素を取り入れながら変化した、というプロセスを明らかにした。また、この変化が、本来ダンス音楽であったクレズマー音楽のステージ音楽化と共に生じたことも明らかにした。こうした復興期の主要バンドの活動や思想の変化に加え、彼らの演奏分析を行い、復興期の変容プロセスと、そのクレズマー音楽史における意義について、論文(東洋音楽学会機関誌『東洋音楽研究』第83号)にまとめた。 第二に、現代におけるクレズマー音楽の伝承について研究を行った。この研究は、ユダヤ音楽祭(7月:独ワイマール、12月:米ニューヨーク)での現地調査に基づいて実施した。調査は、自身の音楽祭ワークショップへの参加、及び復興者を中心とする講師や他の参加者へのインタビューを通じて行った。その結果、クレズマー音楽の理解にはイディッシュ文化の理解が不可欠であること、そしてイディッシュ文化伝承社会が消失している現代では、クレズマー音楽の伝承は、イディッシュ文化の伝承の場ともなっているユダヤ音楽祭がその主要な場であることを明らかにした。その成果を論文(東京藝術大学音楽学部紀要第44集)にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
クレズマー音楽の変容を見るうえで、研究計画ではクレズマー音楽の歴史を1)16世紀末~19世の中東欧時代、2)20世紀初期の移民時代、3)復興期、4)現代という四区分に分けている。現在、3)、4)の一部について分析を終了し、1)、4)について取り組み中である。1)の中東欧時代の調査については、2年前に新たに発見された、中東欧時代のクレズマー音楽の貴重な資料である、ウクライナ国立図書館所蔵の楽譜集の解析を平成30年12月から実施している。またこの時期の音楽の旋律に見られる様式的特徴を東アシュケナージ系ユダヤ人礼拝音楽との関連から調査中である。4)についてはその伝承法に関する調査を終えたが、その伝承内容、特に音楽様式やレパートリーについて更に調査を進めていると共に、国際的に活動しているクレズマー演奏グループの演奏の分析を実施中である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、第一に、上記研究予定内容の4)について、楽曲分析とインタビュー調査により、復興期から現代に至るクレズマー音楽の変容に関する分析を完了する。現代のクレズマー演奏グループをその活動規模と内容について選別し、主流を成す代表的グループについて楽曲分析を行う。研究予定内容の1)については二つのアプローチで行う。一つ目は、中東欧時代のレパートリーの調査である。既に出版されているMoshe Beregovskiらの楽譜集や録音に加えて、前述のウクライナ国立図書館所蔵の楽譜集を対象に、当時の演奏ジャンル及び楽曲構造の分析を続ける。二つ目は当時のクレズマー音楽と、それに先行するユダヤ音楽との関連を調査し、前者が後者から受けた影響を明らかにする。その成果の一部は、年央の西洋中世学会にて報告予定である。 研究内容の2)は19世紀末から20世紀初めに東欧から米国へ移住したクレズマー演奏者及び移民第2世代の音楽活動と、録音資料の分析により、この時期のクレズマー音楽の特徴を調査する。特に米国でのクレズマー音楽の役割の変化と米国音楽の影響の点から、レパートリーと様式の調査を行う。。 最終的に1)から4)までの分析内容を包括的に整理し、クレズマー音楽の16世紀末から現代にかけての、レパートリーと音楽的構造、及び社会的機能についての変容とそのプロセスを明らかにする。
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