2018 Fiscal Year Research-status Report
明代武官を中心とした社会的異種階層間の文学的交流の研究
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18K12310
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
井口 千雪 九州大学, 人文科学研究院, 講師 (70740695)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 明代 / 武官 / 武定侯郭勛 / 三国志演義 / 水滸伝 / 白沙学 / 李開先 / 高儒 |
Outline of Annual Research Achievements |
明の嘉靖年間(1522-66)に世宗嘉靖帝の寵愛を受けて時めいた武定侯郭勛は、勲戚(皇室の姻戚で、かつ武功のある一門)たる武臣でありながら、刻書活動に勤しみ、『三國志演義』・『水滸傳』といった白話小説を私刻した人物として知られる。しかし、郭勛がいかなる意図を以て文学活動・出版活動を行ったのか、動機や背景については従来ほとんど論じられて来なかった。本年度は主に、郭勛による刊行物や歴史資料を精査することによって、郭勛を中心とした文学的コミュニティにおける社会的異種階層間の交流を明らかにすることを目的として研究を行った。以下に特筆すべき新事実を四点挙げる。 (一)人脈形成の家庭的要因について。武定侯郭氏一族は、明初よりしばしば詩文に長けた武臣を輩出し、文名を以て文人・士大夫にも名を知られた者がいた。郭勛の文学的コミュニティは、祖先らによって作り上げられた素地があったからこそ成り立ったのである。 (二)郭勛は広西・広東に駐在していた時期に、当地出身の士大夫と交誼を結んでいた。とりわけ著名な思想家である湛若水・張ク(言+羽)と文学的交流を持っており、その思想の文学活動への影響が想定される。 (三)郭勛は自身の邸に在野の文人を置き、書物の編纂など、文筆活動を代替させていた。 (四)現段階では推論の域は出ていないものの、『水滸傳』の成立に関与したとみられる李開先や、武官でありながら著名な蔵書家として知られる高儒とも交流を持っていた可能性がある。 郭勛が刊行した『三國志演義』・『水滸傳』も、かくて形成された一流士大夫・武官をも含むコミュニティで享受されたものとみられる。両作品に込められた政治的意図が、彼らの共感を呼び起こし、社会的異種階層間に属する人々の結束を強める働きをしたのではないかと考えられ、両作品の読解に繋がる新たな知見を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度には、第一に、本研究に必要となるPC等の電子機器と周辺機器の購入、また研究の基礎となる書籍(明代文学・明代史に関わるもの)、電子データやデータベースを購入する計画を立てていたが、順調に遂行し、研究環境が整った。 第二に、武定侯郭勛を含む武官の文学活動に関する文献の収集・調査を行う計画については、書籍の収集はおおむね順調に遂行できたものの、国内外の諸機関所蔵漢籍の文献調査は未完遂である。中国浙江省寧波市の天一閣博物館に所蔵される『郭氏聯珠集』の閲覧申請に対して裁可が下りない(書物の劣化が激しく閲覧に供せないという理由)、また南京における郭氏の家譜の調査を計画していたものの、その保管情況が明らかでないといった問題があり、調査旅行を断念するといった経緯があった。 但し、収集し得た文献・資料からも、かなりの程度、武官の生活実態や文学活動の背景を明らかにすることができたので、全体としては「おおむね順調」であるといえる。 また、当初は2020年度の研究計画としていた武官の文学活動と明代の思想との関わりについて、今年度の研究でかなりの成果を得ることができた。とりわけ武定侯郭勛が、明代の著名な思想家で「白沙学派」の祖である陳献章の弟子達と交流を持っていたことは、郭勛の私刻本である『三國志演義』・『水滸傳』及びその他の刊行物に少なからぬ影響を与えたものと考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
第一に、明代初期~末期にかけてのおよそ270年間について、武官でありながら文学活動を行った人物がどの程度存在したのかを調査し、さらにその実態と背景を明らかにしたい。資料としては、『明史』の他、『明實録』のように従来は文学研究に利用されることが稀であった史料、明末清初の銭謙益の手になる明朝詩人の総集『列朝詩集』、及び日本では研究の乏しい明人の私刻の詩集・文集といった資料を用いる(必要に応じ、国内外の漢籍所蔵機関への調査旅行も行う)。これらの資料を用いて、武官でありながら詩人であった人物の生平と文学活動を調査し、詩の鑑賞を行う。そして彼らが社会的・歴史的局面に対しながら、いかに自身を文学によって表明したのか、また文人・士大夫とどのように文学的交流を持ったのか、それが明代文学史にいかなる影響を与えたのかを考察する。 第二に、昨年度の研究を通じて、明代白話小説の中でも『水滸傳』には武官の価値観と政治的主張が強く込められていることが指摘できたので、この問題をさらに掘り下げたい。具体的には、『水滸傳』の本文とそれに附された批評(100回本・120回本・70回本など諸テキストを含む)を、武官の社会的立場を考慮しながら改めて解読し直し、この作品の読解に新たな視点を提示したい。 また、明代に限らず白話文学に関わる学会・研究会に積極的に参加し、民衆の社会生活や精神世界がいかに文学に現れるのかという点について、他機関の研究者らと意見を交わす機会を設けたい。
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Causes of Carryover |
年度末に物品調達がスムーズに行われず、残高が生じた。残高は、2019年度分の物品費あるいは旅費の一部として使用する予定である。
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Research Products
(5 results)