2020 Fiscal Year Research-status Report
明代武官を中心とした社会的異種階層間の文学的交流の研究
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18K12310
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
井口 千雪 九州大学, 人文科学研究院, 講師 (70740695)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 水滸伝 / 歴史書 / 南宋 / 金瓶梅 / 三言二拍 / 武官 / 軍士 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度には、まず、明代の戸籍制度、特に武官と軍士の戸籍制度について概要をまとめた上で、それが明代白話小説『水滸伝』『金瓶梅』や「三言二拍」にどのように現れているか、具体的な例を探しながら研究を進めた。 『金瓶梅』においては、主人公である豪商・西門慶が、物語の中段で武官の職位を得、役人との裏取引や不法行為を重ねていく描写に重点が置かれていることが、従来指摘されてきた。さらに、本研究課題の成果として、西門慶の無二の友人である応伯爵も武官あるいは軍士の家柄の出であることを示唆する文面が見つかり、その他の友人も含め、西門慶を取り巻く集団は、武官・軍士の家柄の余丁(先祖代々の職位を嗣ぐ長子以外を謂う)で構成されていることがわかった。この視点から作品を読み直せば、『金瓶梅』は、明代中後期に現実に社会問題になっていた、生活に困窮しがちであった武官・軍士の家の余丁が、往々にして集団を形成して悪事に手を染めるという事象を、非常に精密に描いていると解釈される。 一方で、武官は「三言二拍」にもしばしば登場するが、そちらでは仁義・勇武を有する善玉として描かれることが多いようである。『金瓶梅』との違いは何を示唆するのか、新たな研究課題が生じた。 『水滸伝』は、奸計によって陥れられた武官や、生活に窮した軍民が集団を成し、腐敗した政府に変わって悪を裁くという甚だ「武」に偏ったもので、読者層は「庶民」であるとされてきた。しかし、明代には歴とした文人・士大夫までもがこの物語を高く評価していた資料が少なからず存在することも、指摘されつつあり、ではそれ以前にはどのように受容されていたのか、という問題についても、より精密な研究が必要とされる。そこで、2020年度には、水滸物語について、南宋期~元初の受容の様相を表す文献資料を整理し直し、研究の一部(主に歴史資料についての考察)を論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究課題の開始当初より、中国の蔵書機構に所蔵される武官の詩文集、歴史資料を調査することを計画していたが、2019年度に疫病流行の影響で中止を余儀なくされ、2020年度も渡航できない状況が続いたため、計画を断念した。また、日本国内の蔵書機構でも閲覧が制限されていたり、所属する大学において出張の制限が行われたりしたため、調査が行えていない。 こういった状況下にあり、文献調査が容易でなく、2020年度に行う予定だった研究(明末清初の銭謙益の手になる明朝詩人の総集『列朝詩集』や、明人の私刻の詩集・文集の研究)が行えなかった。但し、当初の予定に代わり、2021年度に行う予定であった、『水滸伝』『金瓶梅』等の白話小説における武官・軍士の存在について先取りして研究することができた。 また一年を通じて、大学のオンライン授業に対応するために莫大な時間をとられ、科研費の課題に取り組む時間が十分には取れなかった。この点については早急に解決策を考えたい。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度には、可能な状況であれば、中国及び日本国内の蔵書機構に所蔵される武官の詩文集、歴史資料の調査を行い、明代の武官の詩文について、内容と背景を考察する。疫病流行の収束が見られない場合は、手元で閲覧可能な『列朝詩集』に掲載される武官の詩文のみに焦点を絞り、研究を進める。 また、2021年度の研究の中で新たに課題として生じた疑問、即ち、「三言二拍」に登場する武官が善玉に描かれる傾向があることについて、これは現実社会に即した描写であるのか、また他の作品との比較などを行いたい。 そして、『水滸伝』について、南宋期~元初の受容のあり方について、周密などの文人の筆記資料に基づき考察を深め、論文にまとめる。この問題については、前漢の司馬遷『史記』以来、中国社会に生き続けてきた「任侠」という概念が、社会的にどのように受け止められていたのか、また『水滸伝』という小説の精神性にどのように作用しているのかを考察する必要がある。明代の歴史においてしばしば見られる「兵変」(軍士による叛乱)といった実在事件との関わりから、当時の社会で『水滸伝』がどのように読まれていたかを考察する必要もあるだろう。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイスルの感染拡大のため、海外・国内での文献調査旅行が実施できず、次年度使用額が発生した。これを2021年度に繰り越し、疫病流行の状況が世界的に改善すれば、海外・国内での文献調査を実施する計画である。もし疫病流行が収束しない場合には、書籍・データベース購入の割合を増やし、手元の資料で可能な研究に方向転換する予定である。
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Research Products
(4 results)