2021 Fiscal Year Research-status Report
明代武官を中心とした社会的異種階層間の文学的交流の研究
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18K12310
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
井口 千雪 九州大学, 人文科学研究院, 講師 (70740695)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 明代白話小説 / 武官 / 軍士 / 三言 / 二拍 / 史書 / 馮夢龍 |
Outline of Annual Research Achievements |
武官・軍士という、一見文学の世界とは相容れぬものと思われがちな社会階層に属する人々が、明代白話小説にどのように描かれているのか、またその描写は現実に即したものであるのか、歴史文献も引用しながら考察し、さらに小説の作り手、受容層についても考察し、研究論文として、明代白話小説の読解についての新たな視点を提議した。 とりわけ、明代後期に出版界で著しい活躍を見せた馮夢龍が、民間に通行していた小説類(語り物等)を輯めて編したとされる小説「三言」(『喩世明言』『警世通言』『醒世恒言』)は、文人の雅やかな世界を描くことに主眼を置いた伝統文学の価値観とは一線を画し、市井に生きる人々―商人、農民、僧侶など―の価値観を肯定的に描いていると従来より指摘されてきたが、武官・軍士については言及されて来なかった。その背景には、武官・軍士には学問・教養がないものという一般的な先入観が影響しているのではないかと思われる。しかし、本小説における武官・軍士が登場する篇を吟味したところ、武官は、仁義を以て貧困者を庇護する、社会のセーフティネットのような役割を持つ人々として好意的に描かれており、軍士は、世襲制による軍役に苦しむ明代軍士の実態を反映させ、同情的に描かれている。一方で、儒教をおさめているはずの文官は利己的に描かれることが多い。 民間に通行していた小説で武官・軍士が好意的或いは同情的に描かれているということは、当時の明代社会、なかんづく「大衆」の社会においては、彼らがそのように認識されていたことを示唆している。彼らを学問・教養の無い無骨な存在として蔑視する風潮も一部に存在したことが歴史文献から確認されるが、決して社会全体の認識であったわけではないだろう。そのような多元的な価値観が、文学の世界にも投影されているのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2021年度までに終了予定であった研究のうち、新型コロナウイルスの影響による研究・調査活動の制限もあり、明代武官による刊行物の実地調査などを行うことができずにいる。 また、2021年度中旬より産休・育休に入ったため、当初は研究論文発表まで至る予定であった、清・銭謙益纂輯『列朝詩集』に収められる明代武官の小伝および詩の研究を完遂することができなかった。 以上の二点の研究については、研究期間を延長して行っていく予定である。 一方で、明代白話小説における武官を中心とした描写の考察については、馮夢龍の三言を題材として研究を進め、2021年度に二本の論文を執筆することができた(一本は雑誌掲載済み、一本は2022年度に掲載予定)。 以上の観点から、一部、研究状況がやや遅れている部分もあるが、順調に進められている部分もあると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の研究計画のうち、未完となっている研究を完遂し、論文を執筆する。 明代、武官の識字率の水準は低く、軍事業務に必要な文書の読み書きさえできぬ者が多かったと言われているが、様々な資料を調査すると、武官が編纂した小説集や、武官が出版した詩文集が少なからず残っていることがわかってきた。 とりわけ、清・銭謙益纂修『列朝詩集』に収められた明代詩人の伝記には、武官が文人と文学サロンを形成し、詩作に切磋琢磨していた事実なども見出される。その伝記から明代武官の伝統文学方面における文学活動を抜粋し、詩の内容を吟味する。 また、上記の研究結果に基づいて、日本国内の蔵書機関、及び海外の蔵書機関に所蔵される明代武官による刊行物(詩文集その他)を実地調査し、その報告を論文にまとめる。現段階では、明代正徳~嘉靖期の武官、陶補による詩文集や短篇文言小説集『花影集』(早稲田大学図書館蔵)、明代景泰・正統期の武官、郭登による詩集『郭氏聯珠集』(寧波天一閣図書館蔵)の実地調査を検討している。また、現地調査が困難であるものについては、適宜影印本や蔵書機関によるデータベースを利用して、資料収集を行い研究を進める。例えば、明代初期の武官、沐昂による詩集『素軒集』はすでにデータを入手しており、その書誌体裁や内容について、より詳細な分析を行いたい。 さらに、明代後期に出版された白話小説『金瓶梅』について、主人公の西門慶が賄賂によって武官の官職を得ること、その周辺人物(妻の実家や息子の縁組み先、友人関係など)が全て武官の家柄であることに着目し、この小説が明代武官のコミュニティの実態を描き出そうとしている可能性について論じる。2018年度に学会にて研究発表を行ったが、その後の研究活動で、明代武官の制度や歴史的背景についてのより深い知識が得られたため、これを活かして研究内容を発展させ、論文として発表したい。
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Causes of Carryover |
2021年度11月より産休・育休を取得し、研究活動を中断するため、次年度使用額が発生した。2023年度4月の復職に伴って研究活動を再開し、文献の調査活動、及び書籍やデータベースの購入に使用する計画である。
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Research Products
(4 results)