2018 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ語圏における公共圏の歴史的展開―近代ジャーナリズムの文化史的諸前提
Project/Area Number |
18K12346
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
西尾 宇広 慶應義塾大学, 商学部(日吉), 准教授 (70781962)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ドイツ文学 / 公共圏 / ジャーナリズム / 文化史 / マスメディア / アネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ / 暦 / 三月前期 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究実施計画に従い、本研究課題が対象とする三つの時代(1800年前後、19世紀前半、19世紀後半)に関する全体的な見通しを得るための基盤的調査を進めながら、とりわけ19世紀前半について、都市のジャーナリズム(日刊紙や週刊誌という「速い」メディア)と農村のジャーナリズム(年刊の情報誌である「暦Volkskalender」という「遅い」メディア)を、当時の出版文化を規定する時間的条件の二つの極ととらえた上で、それぞれのジャーナルを代表する書き手であるK・グツコーとJ・P・ヘーベルの活動を中心に、当時の公共圏に参加する作家たちの時間意識の差異および世代間にわたるその変容の過程を跡づけた。さらに、「暦」と同じく「一年」という時間的サイクルを作品の枠組みとして採用している女性作家A・v・ドロステ=ヒュルスホフの連作詩集『教会の一年』を議論の俎上に載せ、この作家およびテクストが19世紀前半の公共圏の過渡的な性格を範例的に体現していることを明らかにした。 一面においてドロステは、ヘーベルをはじめとする旧世代の書き手と伝統的な時間意識を共有しつつ、刊行後は情報修正の機会を持たない「書物」という最も「遅い」メディア(およびそれによって実現される死後の永続的な名声)に固執する構えを見せている。しかし同時に、彼女が連なろうとする古典的な文学観が、ほかならぬ「女性」の文筆活動自体を大幅に制約するものであるがゆえに、そこには必然的に大きな葛藤が生じてしまう。そうした旧世代の芸術規範に対する「文学革命」を企てたグツコーらの新しい世代の文学観は、従来の研究ではドロステのそれとは対極的なものと理解されてきたが、当該の連作詩集の分析を通じて両者をつなぐ共通の脈絡を発掘した点に、本研究の大きな意義が認められる。 以上の成果の一部を学会発表の形で報告し、さらにそれを学術論文として発表するための準備作業を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の研究計画のうち、19世紀前半の公共圏に関する研究は予定通り順調に進捗した。一方で、19世紀後半の市民層の声を代弁する主要な雑誌である『国境の使者』およびその編集主幹を務めたG・フライタークを中心に、同時代のいわゆる「リアリズム」をめぐる言説と国民国家としてのドイツ帝国成立という歴史的文脈との関連性を問う研究は、以下のような大幅な計画変更に伴い、十分な進捗を見ていない。 この計画変更の概要と理由は、大きく次の二点に集約される。 第一に、基本的な調査を進めていく過程で、『国境の使者』をはじめとする都市のジャーナリズムと国民国家成立の脈絡を明らかにするための前提として、産業化の進展に伴って拡大した都市と農村のあいだの巨大な亀裂が当時の出版文化に及ぼした影響、および、国土の末端ないし周縁としての「田舎」を国民国家というユニットに統合していく過程で同時代の作家たちが果たした役割について、詳細に検討する必要のあることが判明した。この文脈においては、19世紀中葉に一世を風靡した流行の文芸ジャンルである「村物語Dorfgeschichte」の代表格にして、農民向けの暦の編集でも知られるユダヤ人作家B・アウエルバッハが最重要人物として浮上する。このアウエルバッハの「村物語」に関する調査を重点的におこなった結果、フライタークおよび『国境の使者』について十分な研究を遂行するには至らなかった。 第二に、2018年9月に予定されていた日本独文学会秋季研究発表会が、台風の影響により急遽中止されたため、当初計画していた学会発表をおこなうことができなかった点も、研究計画を見直す一因となっている。 以上の状況に鑑みて、研究計画の実施がやや遅れていることは否めないが、同時に今後の研究推進のための基盤的な調査は順調に進んでおり、総合的に見れば研究計画の遂行に大きな影響はないと判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、本年度の学会発表および調査の成果を学術論文の形にまとめるとともに、1800年前後の重要なジャーナルの一つであるH・v・クライストの『ベルリン夕刊新聞』について、報道の虚偽性という観点から総合的な分析をおこなったうえで、公共圏を規定する「虚構性」という主題に関する学術論文を執筆し、日本独文学会の機関紙である『ドイツ文学』に寄稿する。 さらに、とりわけ19世紀後半について、アウエルバッハとフライタークのジャーナリズム活動を中心にこれまでの研究を継続・発展させるとともに、当初の研究計画から派生した新たな課題にも取り組むことで、同時代の公共圏の実像をより包括的に把握することをめざす。具体的には、19世紀前半からすでにドイツ語圏の言論界の中心で活動していたグツコーの後半生の仕事に目を向け、彼が創刊した雑誌『我が家での団欒』(1852-1864)を例に、同時代に流行した「家庭雑誌Familienblatt」の事例研究をおこなう。このジャーナルが「家族」という文化的・社会的制度を公共圏に組み込んでいく過程を究明して、その成果を学会発表および学術論文の形で発表するための準備を整える。
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Causes of Carryover |
費目別の予算執行はほぼ当初の予定通りにおこなわれた。研究計画の修正に伴い物品費(書籍代)の内容が一部変更された結果、若干の次年度繰越金が発生したが、そのまま次年度の物品費(書籍代)として計上する予定である。
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Research Products
(1 results)