Outline of Annual Research Achievements |
本研究では, 継承語としての日本語(Japanese as a Heritage Language, 以下JHL)育成の役割を担う「小規模な自助グループ」において, どのような教育実践が行われているのかをドバイ, オーストラリア, 韓国の事例を用いて明らかにすることを目的としている. 具体的には (1) JHLを学ぶ場として保護者が自主的に運営するコミュニティについて, その実態, 特徴を解明すること, (2) コミュニティ参加者がどのような課題に直面し, どういった支援が求められているのか, という問いについて多角的・包括的に検討すること, の2点である. これらを明らかにするため, 2019年度は以下の研究・調査を行なった. (a) 2018年度にドバイ及びオーストラリアで行なった実地調査についてのデータ整理を終えた. 収集されたデータについては質的データ分析法に基づき, MAXQDA2020を用いて定性的コーディングを行い, セグメントの内容を参照しながら,仮説を生成する作業を行った. (b) 2019年9月, 韓国ソウルのJHL育成を目的とした自助グループで実地調査を行なった. 保護者を対象としたフォーカスグループ・インタビューに加え, 授業担当者の役割を務める保護者から提供される教案, 活動報告, 調査者の質問やデータ解釈に対する保護者のメールによるフィードバックの収集も行った. (c) 2020年度に予定していたシンポジウム の開催を前倒しし, 2019年10月に行なった. オーストラリア において「日本につながる子どもたち」のために20年以上文庫活動を行なっている渡辺鉄太氏をお招きし, 文庫開設の経緯, その内容や意義, 多文化多言語社会におけるバイリンガリズムとバイリテラシー等についてご講演いただいた. 100名を超える参加者と活発な意見交換がなされた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画通り, 海外の自助グループ における実地調査を終え, 質的データ分析用ソフトウェアを用いたデータ分析も最終局面に入っている. これらのデータを用いて, JHL育成の役割を担う「小規模な自助グループ」において, どのような教育実践が行われており, どういった課題があるのかを個別の事例を用いて検討しているが, この点についても予定通りである. 自助グループに参加する児童の言語の混在, 交差使用, スタイル転換, コミュ ニケーション方略といった観点からの分析は想定した以上に時間と労力がかかったが, 学術調査報告としてまとめる見通しが立った. また, 現時点での研究・調査結果は既に国際学会・研究会における発表が決定しており, 最終年度に予定している学術論文の投稿に向け、必要な準備が整った状態である.
以上の理由から「おおむね順調に進展している」と評価した.
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度は, 2年間に及ぶ子どもたちのJHL能力に関する調査結果を国内外の学会, 研究会等で発表するとともに, 学術論文としてまとめ, 投稿する. 特に以下の点について論文を執筆する予定である. (1) 自助グループにおける慢性的なリソースの不足 国や地域にかかわらず, 多くの自助グループでリソース(場所・活動資金・教材など)の不足は深刻な課題である. 一例として, ドバイの自助グループは人的リソースの調整において, 大きな課題に直面している. 世界でも類を見ない経済発展を遂げたドバイは, 人口の流動性が高く, グループに参加する家族が固定的ではない.保護者の役割は,教員、アシスタント, 行事の企画・運営, 会計, 図書管理など, 多岐にわたるが, 定住者がほとんどいないドバイでは長期的展望に立った人材の育成が極めて困難である. (2)コミュニティにおける保護者の同意形成 子どもが継承日本語にどのように向き合い, どのように習得していけば良いのか, という点について, 自助グループの保護者の間で一定の共通認識が形成される必要があることが明らかとなった. 例として, ドバイの自助グループでは, 日本の学校で形成されるスクリプト,つまり「ある特定の場所や時間にふさわしい行為や言語表現の系列」を子どもたちが習得することに対し, 保護者は肯定的な態度を示しており, 言語能力のみならず, こうした「日本的な行為」の教示をグループに期待していることが明らかとなっている. また、継承語教育に携わる教育者, 研究者との情報交換を積極的に行い, 人的ネットワークの構築を試みる. さらに研究会やシンポジウムの開催により, 継承語としての日本語教育に対する理解を求め, それを広く発信する場を設ける.
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