2018 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
18K12486
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
鵜飼 敦子 東京大学, 東洋文化研究所, 特別研究員 (30584924)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 日仏交渉史 / ジャポニスム / 高島北海 / 美術史 / グローバル・アート・ヒストリー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究でかかげていた三点の特色、①東洋と西洋の影響論ではなく、アジアという第三の軸をおき、さらにはユーラシア大陸とアメリカのジャポニスムというこれまでにない新たな視点を設けること。②これまで国内外でおこなわれてきたジャポニスム研究の多くが西洋の芸術家や作品を中心とするものであるのに対し、本研究では科学的合理精神と芸術の才能をもちあわせていた高島北海という日本人に焦点をあてること。③美術史に特化したジャポニスムを考えるのではなく、芸術と科学の関わりなど、日本の近代化という文脈で考察を加え、学術的論考をはかること。のうち第三の軸に関する①の点について以下のふたつの進展があった。 一点目は、中国の研究者と、農商務省の技術官吏として、中国、韓国、フランス、アメリカで森林学の調査をおこなった北海の活動について意見をかわす機会を持ち、森林学を調査しながら芸術活動をおこなっていた高島北海が、中国でどのように受け入れられたのかを確認するための準備が整ったことである。北海が、すでに習得していた西洋画ではなく、あえて日本的な画風の即興制作をおこなっていたことが分かり、そのような北海の姿勢が、中国でどのように異なっていたのかを解明する手掛かりとなった。二点目は、スコットランド国立博物館に、これまで知られていなかった高島北海の作品が収蔵されていることを明らかにし、実見に先立って写真資料を入手し、分析することができた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1年目となる本年度の研究では、これまでの調査結果をまとめることからはじめた。これまでに収集した北海に関する史資料、とりわけ国内での高島北海に関連する言辞資料の発掘については、下関市立美術館に収蔵されている「生野馬車道ノート」についての翻刻を完成させた。またエディンバラのスコットランド国立博物館に残されている北海の未発掘の「京都スケッチ」の写真を入手して分析した。本研究では、造形作品と文献の史料を調査し分析することにより、美術史の研究手法である図像学的研究のみでなく、文字媒体からの分析があわせて可能となり、より確証性の高い研究成果が期待できると考えているため、初年度に言辞発掘と画像分析をおこなうことができ、調査はおおむね順調に進んでいるといえる。さらに、これらの資料のとりまとめを行った結果と、新たに入手した資料の分析結果を、高島北海についての単著としてまとめる作業も同時におこなっている。
|
Strategy for Future Research Activity |
研究活動スタートアップでかかげていたふたつの調査地のうち、アメリカの資料調査はおこなうことができたが、中国での調査はおこなうことができなかった。そのため、今年度は中国の研究者とコンタクトをとることからはじめた。幸いにも北海の活動に興味を持つ 中国の研究者と連絡をとることができ、今後は中国国内においての北海の研究活動について共同で調査を進めたいと考えている。中国においては、高島北海の画論「写山要訣」が1957年に出版されており、帝国美術学校出身の画家であった傅抱石が翻訳をし、初版から54年を経過して出版されている。これらの翻訳が北海の死後、長い時間を経てなぜおこなわれたのか、翻訳出版に至った背景にあるものを探りたい。また、山口県下関市立美術館に残された中国国内に関するスケッチ帖4冊を調査し、1906年(明治39年)の中国旅行が、いつ、どの場所をまわり、どのような目的でおこなわれたのかを分析する。高島北海と中国との関係をさぐることは、「日本的なもの」と「中国的なもの」との区別を明らかにできるという効果が期待される。ジャポニスムの前にあったシノワズリーとよばれる「中国趣味」の動きがあったことはすでに研究されているとおりであるが、西洋ではこれらふたつの区別がときにあいまいなものであった。日本が「日本的なるもの」のイメージをつくりあげるために「中国」との差をどのように意識し、情報の取捨選択をおこなっていたのか、また「中国」側では「日本的なるもの」をどのように受け入れたのかを明確にすることができれば、近代の科学の知識と芸術活動がどのようにうみだされ伝播したのかというしくみや、明治期の日本産業における「日本的」イメージの創造の機構を明らかにすることが可能となるであろう。
|
Causes of Carryover |
購入予定の物品に変更が生じたため、次年度にその購入を予定している。
|