2018 Fiscal Year Research-status Report
近代中国ムスリムの起源説話とアイデンティティ形成:民族政策への影響を中心に
Project/Area Number |
18K12525
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
海野 典子 中央大学, 文学部, 特別研究員 (30815759)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 中国 / ムスリム / 起源説話 / 民間伝承 / 歴史叙述 / 民族概念 / イスラーム / 民族政策 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、近代中国の漢語を話すムスリム(中華人民共和国のイスラーム系少数民族、回族にほぼ相当)の起源説話が、彼らのアイデンティティ形成過程、及び中国共産党の民族政策において果たした役割を明らかにする。漢語を日常的に話し容貌も漢人に相似しているため、漢語を話すムスリムは歴代政権によって宗教集団と見なされてきた。しかし、20世紀前半のムスリム知識人は、7世紀中葉に預言者ムハンマドが唐朝に派遣した3人のアラブ人ムスリムの末裔であるという民間伝承を根拠に、漢人とは異なる独自のアイデンティティを強調した。この起源説話に注目してムスリムを単一の「民族」と認定し自治権を与えた、1940年代の中国共産党の民族政策は、現代中国の民族政策の基礎を作ったとされる。そこで、本研究は、ムスリムの起源説話の宗教的・文化的・政治的役割を解明することによって、近現代中国の民族・宗教問題の実態や民族政策の展開について新たな知見をもたらすことを目標とする。 研究一年目でなる平成30年度は、漢語を話すムスリムの起源説話の政治的役割を解明するための時代的背景、すなわち起源説話が歴史叙述に利用され始めた20世紀前半の中国のムスリム社会の様相や、彼らを取り巻く政治状況を整理した。その結果、以下2点がわかった。第一に、当時、中国のムスリム社会は、辛亥革命や二度の世界大戦といった政治変動、国家の近代化政策、中東のイスラーム改革運動の影響を受け、大きく揺れていた。第二に、「民族」を意味する単語(漢語で民族minzu)に関する活発な議論が行われていた中国のムスリムのなかには、国家の民族・宗教政策に積極的に関与することでムスリムの社会的地位を向上させようとする者もいた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
研究に必要な史料を精読し、漢語を話すムスリムの起源説話の政治的役割を解明するための時代的背景、すなわち起源説話が歴史叙述に利用され始めた20世紀前半の中国のムスリム社会の様相や、彼らを取り巻く政治状況を整理することができた。また、中国の河南省で2018年12月に実施したフィールドワークでは、先行研究では扱われてこなかった済源市袁氏一族の族譜を新たに発見し、袁一族の人々から族譜編纂過程や祖先崇拝の現況などについて聞き取り調査を行うことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
令和1年度は、平成30年度に明らかにした、20世紀前半の中国ムスリム社会の様相や彼らを取り巻く政治状況といった時代背景を踏まえつつ、起源説話が「史実」と認定されるに至った経緯を調べる。特に、漢語を話すムスリムと中国の政治権力との関係に注目し、起源説話の政治的役割を明らかにする。利用する主な史料は、①17世紀から20世紀前半に各地のムスリム社会で流通した起源説話(『回回原来』『西来宗譜』や、族譜(父系血縁集団である宗族の家系図や家訓を記した文書);②20世紀前半にムスリム知識人が出版した歴史書(金吉堂1935『回教民族史研究』)や定期刊行物(『正宗愛国報』『月華』);③中国の民族政策を知るための公文書;④漢語を話すムスリムを調査した、中国国内外の学者の書籍や欧米のキリスト教宣教師の報告書、などである。これらの多くは漢語史料文献だが、①④の一部はアラビア語・ペルシア語・ロシア語・フランス語などの諸外国語で書かれている。また、新疆のテュルク系ムスリム(ウイグル人)がウイグル語やチャガタイ語で書いた、漢語を話すムスリムの歴史や起源説話に関する本も分析対象とする。 また、令和3年度に現代中国の回族社会において実施予定の、起源説話がどのように受容されているのかに関するフィールドワークの準備に着手する。中国の研究者や医インフォーマントと連絡を取り合いながら、実施期間・場所・方法を考える。
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Causes of Carryover |
平成30年度は、調査・研究成果発表のための国外出張費や書籍費が当初の予定以上にかかったため、余裕を持って次年度分の一部を前倒し申請した。前倒し申請分が余った結果、次年度使用額が生じた。令和1年度は、史料の精読により多くの時間を割く予定なので、支出額は平成30年度よりも少なくなり、前年度分と合わせて調整可能であると考えられる。
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