2019 Fiscal Year Research-status Report
近代中国ムスリムの起源説話とアイデンティティ形成:民族政策への影響を中心に
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18K12525
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
海野 典子 中央大学, 文学部, 特別研究員 (30815759)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 中国 / イスラーム / 起源説話 / 民族政策 / ソ連 / 中央アジア / 民間伝承 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は、2018年度に整理した、漢語を話すムスリムの起源説話が歴史叙述に利用され始めた20世紀前半の中国のムスリム社会の様相や政治状況を踏まえつつ、起源説話が「史実」として認定されるに至った経緯を調べた。当時、中国のムスリム社会は、辛亥革命や二度の世界大戦といった政治変動、中東のイスラーム改革運動といった時代背景を念頭に置きながら、以下の史料を分析した:①17世紀から20世紀前半に各地のムスリム社会で流通した起源説話(『回回原来』『西来宗譜』や、族譜(父系血縁集団である宗族の家系図や家訓を記した文書);②20世紀前半にムスリム知識人が出版した歴史書(金吉堂1935『回教民族史研究』)や定期刊行物(『正宗愛国報』『月華』)。また、2019年4~9月まで台湾の国立政治大学民族学系、10月~2020年4月までウズベキスタン共和国科学アカデミー歴史学研究所に滞在し、史料を収集するとともに現地の研究者やインフォーマントと本研究について意見を交換した。 その結果、以下の点が明らかになった。第一に、清末の漢語を話すムスリム・エリートの多くは、清朝や中華民国政府の方針に従って自らを「漢人回教徒」と見なしていたが、中国のムスリムが預言者ムハンマドの教友の末裔であるという起源説話を「史実」として信じていた。第二に、1930年代以降、中国国民党を支持するムスリム・エリートのなかから、国民党の公式見解に反して、自身を「回教民族」と主張する者が現れた。彼らは、外来ムスリムの末裔であること、漢人とは異なる起源説話や歴史認識を共有することを根拠として、ムスリムが単一の「民族」を形成できるという説を展開した。その流れのなかで、ムスリム・エリートの一部や非ムスリムの歴史家によって荒唐無稽であると一蹴されてきた起源説話や民間伝承を、「史実」として再検証しようとする機運が高まっていった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度は台湾、ウズベキスタンに長期滞在し、史料収集や学術交流の貴重な機会を得ることができた。その結果、漢語を話すムスリムの起源説話が20世紀前半、とりわけ1930年代以降に、ムスリムの知識人や歴史家によって「史実」として評価され、彼らが「回教民族」としての政治的権利を清朝や中華民国政府に求める際の論拠となったことを明らかにした。しかし、新型コロナウイルスの影響により、中国での資料調査を断念せざるを得なかった。また、ウズベキスタン滞在も短縮を余儀なくされた。そのため、一部の史料を収集することができなかった。さらに、国際学会(2020年3月開催予定、Association for Asian Studies年次大会)が中止となったため、成果発表を行うことができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度に引き続き、漢語を話すムスリムの起源説話が20世紀前半に「史実」として認定されるに至った経緯を調べ、起源説話の政治的役割を明らかにする。2020年度は、特に1930年代末以降、ムスリムが集住する中国西北地域を拠点としていた中国共産党との関係に注目する。具体的には、中国国民党に対抗心を燃やす中国共産党がムスリムを懐柔するために「民族」と認定した過程において、中国共産党がムスリムの起源説話をどのように理解し政策に利用したのか、ムスリム・エリートが起源説話を論拠として「民族」としての正当性を中国共産党にどのように訴えたのかを検証する。 これらの作業を進めるために、①中国の民族政策を知るための公文書や書籍;②漢語を話すムスリムを調査した、中国国内外の学者の書籍や欧米のキリスト教宣教師の報告書;③新疆のテュルク系ムスリム(ウイグル人)がチャガタイ語で書いた、漢語を話すムスリムの歴史や起源説話に関する書籍を分析する。 なお、最終年度となる2021年度には、現代中国の回族社会において、起源説話がどのように受容されているのかについてフィールドワークを行う予定である。そのため、2020年度には、20世紀前半に起源説話に関する書籍が多く刊行された北京・天津・上海で予備調査と資料収集を実施することを希望している。
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