2018 Fiscal Year Research-status Report
集合動産担保を活かしうる取引枠組みとは~担保法史と現代実務の横断的研究
Project/Area Number |
18K12620
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Research Institution | Hannan University |
Principal Investigator |
池田 雄二 阪南大学, 経済学部, 准教授 (50723144)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 担保 / 集合動産 / 倉庫 / 蔵 / 知的財産権 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題を遂行するため、法制史、経済史、経営史研究者を交えた担保史研究会を創設した。第1回研究会を2018年10月28日に開催した。本研究課題に関連して次のような問題意識が共有された。
まず集合動産担保に多い、倉庫を利用した担保権設定の場合、誰が管理したか?これは集合動産担保普及にとって重要である。これまでの研究で接した多くの事例では担保権設定者側の施設に保管される例が多い。そうした事実は近世以前から問題となってきた。例えば大坂に集中して存在した蔵屋敷である。蔵屋敷ではこれを管理する藩が米の裏付けなく、米切手を発行する例が頻発した(高槻泰郎『近世米市場の形成と展開 幕府司法と堂島米会所の発展』(名古屋大学出版会、2012年)に詳しい)。現在でも設定者側が管理する事に起因する、杜撰な管理や不正事例が報告されている(この辺については河﨑晋太郎「「物流金融型ABL」の実現を 萎むABL実績、金融機関は「物流金融型ABL」の実現を : 金融機関と倉庫会社の連携による在庫管理スキームの構築を急げ」金財3528号30頁以下)。上記のような問題を防ぎ、集合動産担保を適切に実施するためには設定者に適切な助言をするといったモニタリングが必要である。一方で健全な主体にモニタリングを目的にした担保権設定の発想はない(必要がない)、ともいわれる。以上から、集合動産担保を機能不全にさせかねない古今を通じた阻害要因の1つとして、設定者側による担保目的物の保管が挙げられる事が一層明確になった。
その他近年は知的財産権に対する担保権設定が注目されているという知見を得ており、実務関係者への調査をしている。関連文献においては一般的に知財権自体の価値に着目して担保権設定をするというよりは、他の企業財産と一緒に担保権設定することで、弁済をより確実にすることにある、と説明されている。現在、実態調査中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昨年度中に調査完了予定だった事項が未了であるのと(例えば、譲渡担保の生成原因)、次年度以降に着手予定であった事項に進展があり(前述した集合動産担保普及の阻害要因)、平均してこのような自己評価とした。 遅れている調査事項として挙げた譲渡担保の生成原因についてであるが、これについては他人和与という親族等血族、一族以外の者への和与(現行においては贈与に相当)において、取戻し代金を定めるという構成で譲渡担保相当の取引が行われていたことが判っている。しかもそのような事例は13世紀前半まで遡れる。しかしながら、そのような取引が券面上において明確な古文書は極端に少なく、同種事例に接することが難しい。これに加えて、そのような取引の誘引となった事由、例えば何らかの法や社会変化の存在を突き止める必要がある。これらの困難さに起因している。ただ仮説としては質よりも贈与という所有権移転を伴う法形式をとった融資の方が多くの資金融通を受けられるからであろうと考えている。という訳は、そうした動機による所有権移転型の担保融資は現代でも行われているし、また中世においてもみられるからである。この点については引き続き調査を続行する。
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Strategy for Future Research Activity |
遅れている調査事項については、要はサンプル量の不足と背景となる社会・制度調査が主であるから、引き続きこれらの点の調査を続行する。進展している事項については優先してエフォートを注入する。特に担保目的物を設定者側に管理させることで生じる弊害は古今同じであるが、それでも近世においては集合動産担保は特に蔵屋敷を中心として普及していた。ところが現代ではこの点が普及を妨げている。現代との違いはどの辺にあるのかを今後の検討課題として行きたい。恐らくは近世と現代とでは米の経済的位置付けが全然違った事と(近世以前における米は物品貨幣に相当していた)、蔵屋敷が藩という公的機関によって運営されていたことが一因としてあると仮説を立てている。恐らくはこれだけではないであろうが(他に幕府や米関係の民間組織による関与による制度による下支え等)、このような方針で検討をして行きたい。こうした調査は、集合動産担保専門の公営倉庫の必要性を提言することに繋がる可能性がある。そして同様の発想は渋沢栄一がかつて持ち、明治10年に大蔵省に対して「貸倉場創設ノ儀ニ付願書」(早稲田大学所蔵)を出している(しかし実現せず、自ら集合動産担保金融のための倉庫会社を設立している)。このような提言をする場合、既存の民間倉庫会社との摩擦についての考察も必要になるだろう。担保関係だと、質屋と公益質屋との関係が参考になるかもしれない。公益質屋は既存質屋との多くの摩擦が生じさせ、やがて消滅した。公営倉庫を設立すれば、成功するかどうか、この点も慎重に検討する必要が出てくるだろう。
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