2020 Fiscal Year Research-status Report
Reinvigorating Liberal Internationalism-Legacy of Woodrow Wilson Revisited
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18K12725
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Research Institution | Takasaki City University of Economics |
Principal Investigator |
三牧 聖子 高崎経済大学, 経済学部, 准教授 (60579019)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | アメリカ外交 / 国際秩序 / リベラリズム / 国際法 / 戦争 / 帝国 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年5月、黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官に殺害された後、ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)運動が全米に広がった。もっとも、人種差別主義との戦いは、決して現在だけの問題ではない。そこでは、過去に英雄視されてきた人物の人種差別的な側面に対し、改めて批判的な光が当てられ、従来の米国史理解を根本的に再考しようとする動きも生まれている。こうしたアメリカの知的・社会的な状況は、ウッドロー・ウィルソン研究にも新たな展開をもたらすものである。本年度は、新型コロナ感染の拡大により、海外渡航が困難となり、予定していた一次資料の収集がかなわなかったことから、予定を変更し、現代のアメリカに生まれるウィルソン研究の新たな動向を把握し、考察することを中心的な課題とした。
BLM運動が高まりを見せたことを受けて、6月、プリンストン大学は、公共政策・国際関係論の大学院の名称からウッドロー・ウイルソンの名前を削除することを決定した。この決定について学長アイスグルーバーは、「ウィルソンは、同時代の基準に照らしても、その思想および政策において人種差別的であった。この事実を無視してウィルソンを称えることで、プリンストン大学も、人種差別的な米国社会の継続に加担してきた」と説明している。すでに研究者の間では、国際連盟の提唱など、国際協調への貢献を強調してきた従来のウィルソン研究に対し、ホワイトハウスにおける人種隔離政策や、そうした政策を裏付けたウィルソン自身の人種差別的な思想などにも目を向けるべきだという問題提起が長年なされてきたが、こうした動向は、アメリカ社会で現在進行形で進む人種差別との戦いと連動しながら、今後強まっていくと思われる。
新型コロナ感染拡大のため、予定変更に見舞われた1年であったが、ウィルソンの今日的意義について多面的に検討できた1年となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナの拡大により、米国での資料収集がかなわなかったが、その分の時間を、現在進行形で進むウィルソンの批判的再検討の動きを理解することに費やすことができた。当初の予定通りには進んでいないが、そのことによって深まった考察もあるため、(2)とした。
本年度は、リベラリズムの思想史に再考を促す著作として話題を呼んできたHelena Rosenblatt, The Lost History of Liberalism: From Ancient Rome to the Twenty-first Century (Princeton University Press, 2018)の翻訳を、川上洋平氏(専修大学)、古田拓也氏(広島大学)、長野晃氏(慶應義塾大学)と共同で進め、『リベラリズム-失われた歴史と現在』(青土社)として上梓した。その過程で、アメリカにおけるリベラリズムの思想史、ひいては、「現代リベラリズムの父」と呼ばれてきたウィルソンの思想史上の位置付けについても、再検討できた。第一次世界大戦に際し、ウィルソンはドイツとの戦いを、単なるパワーや利害の争いではなく、「民主主義と専制政治」の政治思想の争いと位置づけた。この経緯から、ウィルソンの政治思想が、いかにドイツの影響を受けていたかは忘れられがちであった。ウィルソンが思想を形成した19世紀後半から20世紀初頭にかけて、リベラリズムの最先端にいたのはドイツであった。ドイツの経済学者たちは、悪化する貧困問題の解決を求め、自由放任を批判して政府介入を志向した。フランスやイギリス、そしてアメリカのリベラルたちは、ドイツの知的実践に、新しいリベラリズムを見出し、ウィルソンもその1人であった。3名の研究者とのl共同作業や意見交換を通じ、ウィルソンをリベラリズムの思想家として、トランス・アトランティックな思想空間に位置づけることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は新型コロナの感染状況が許せば、ヴァージニア州のスタウトンにあるThe Woodrow Wilson Presidential Library and Museumなどで資料収集と調査を行う予定である。また、2020年度に考察を進めた、時代とともに変遷するウィルソンに対する評価や今日的意義についても十分に盛り込みつつ、執筆中の単著を完成させる予定である。
それらの作業と並行して、ウィルソンと同じ時代を生き、平和を構想した思想家や政治家についての考察を進めていく。国際連盟や民族自決の提唱などをもって、ウィルソンは革新的な思想家・政治家として長らく理解されてきた。しかし、ウィルソンの人種差別主義は、今日の基準に照らしてはもちろんのこと、全国有色人種向上協会(NAACP)などが設立されていた当時の基準に照らしても、悪質であったことが改めて確認されている。また、ウィルソンの連盟や民族自決に関する考えを掘り下げ、同時代に同様の主張を展開した人々と比較すると、その内実は必ずしも革新的ではなく、むしろその現状維持志向すら見えてくる。今年度は、ウィルソンの思想を、同時代の思想史のなかに置くことで、その新たな理解の道を開いていくことも目指す。
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Causes of Carryover |
新型コロナ感染の拡大により、予定に盛り込んでいた渡米(調査、学会)およびその他の招待講演、国内移動がすべてキャンセルとなったため、旅費の使用が大幅に変更された。そのため、翌年度に、繰り越せる予定については繰り越した。
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