2022 Fiscal Year Research-status Report
低医療費と良質な医療提供の実現に向けたプライマリ・ケアの機能強化方法に関する研究
Project/Area Number |
18K12831
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Research Institution | Kyoto Prefectural University |
Principal Investigator |
伊藤 敦 京都府立大学, 公共政策学部, 教授 (40435251)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 患者情報 / 経営分析 / 電子カルテ / 地域医療情報連携ネットワーク / 診療所医療 / 医療の機能分化と連携 / AMR対策 / 経営戦略 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度は低医療費と良質な医療提供の実現に向けたプライマリ・ケアの機能強化方法を解明するために以下3つの研究に着手した。プライマリ・ケアの価値向上には、患者情報共有のためのインフラ整備とその運用管理の強化が不可欠である。そこで、第1に、地域医療情報連携ネットワーク(以下、ネットワーク)のモデル構築について検討した。プライマリ・ケアを担う診療所医師が医療機関の垣根を超えて患者情報を共有するためには、デジタル化を進め、このネットワークを有効活用することが必要であるため、患者情報取引市場の経済学を提唱し、患者情報共有を円滑化するための戦略モデルを提案した。第2に、国内に敷設されたネットワーク事業の停滞要因を探るために、北海道内のネットワーク事業をケースとして取り上げながら、停滞要因として登録患者数に着目し、実証分析を試みた。その結果、道内のネットワーク事業の多くが停滞している要因として複数かつ小規模なネットワークが乱立しているために規模の経済性が発揮できていない状況に陥っていることを特定した。第3に、昨今抗生剤の乱用や過剰利用によって、細菌に抗生物質が効かなくなる薬剤耐性菌(AMR)問題が深刻化している。そこで実効性のあるAMR対策を探るためにプラセボ処方を活用した患者教育アプローチ・モデルを提案し、その有効性について実証実験的な調査を実施した。詳細な分析の結果、8 割を超える患者が不要な抗生物質を削減する目的でこのプラセボ処方を受け入れることが判明した。これらの研究成果は、プライマリ・ケアの充実強化に資する情報と知見を提供しうるものと言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は主に3つの研究成果を残すことができた。 第1に、プライマリ・ケアを充実強化するためには、患者側の過度な行動規制により需要抑制を目指すのではなく、診療所体制の経営力強化によって供給力を向上させる方向が実現的である。そこで診療所の垣根を超えて患者情報を円滑に共有するための戦略として費用の低廉化戦略を提案するともに患者情報取引市場の経済学という手法を提案したことから学術的にユニークな成果を残すことができたと言える。第2は、このネットワーク事業の停滞問題を克服する方法を探るために北海道内のネットワーク事業を対象に実データを用いた実証分析を実施した。その結果、複数かつ小規模なネットワーク事業の乱立・競合によって各ネットワーク事業の経営力が低下し、加入医療機関が分散してしまうために規模の経済性が発揮できない状況にあることを明確にすることができた。これは当該政策分野の発展に寄与すると考えられる。第3に、薬剤耐性菌問題が深刻化している中で、日本において実効性のあるAMR対策は多いとは言えない。そうした中でプラセボ処方を活用した患者教育アプローチ・モデルを提案し、その有効性について実験的に調査を実施し、実に8 割を超える患者がこのプラセボ処方を受け入れることが明確になった意義は大きいと言える。なお、今年度はパンデミックによる医療現場の混乱を避けるために当初予定していた医療モールへの実態調査を延期し研究対象を変更した。とはいえ、従前の政策論議では加味されていなかった患者情報共有の問題や抗生剤の乱用問題を克服するための手段として「患者情報取引市場の経済学」と「プラセボ処方を活用した患者教育アプロ―チモデル」を提案することができたことから、プライマリ・ケアの機能強化に資する幾つか有益なインプリケーションが得られたと言える。そのため、本研究は概ね順調に進展していると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
前年は、新型コロナウィルスの影響が落ち着いてきたとはいえ、医療機関や医療現場の混乱の影響が未だ残っていたことに加えて、外来患者の自粛行動の影響により、とりわけ診療所の経営状況が悪化していた。こうした事情から医療モール向けの事業者調査から患者情報共有のためのオンライン調査の実施に研究計画を変更する。 そこで、令和5年度は、地域医療情報ネットワーク(以下、ネットワーク)の停滞要因の克服に向けた研究に着手する。このネットワークの停滞要因の一つに、患者情報のオンライン共有に際した患者同意コストの高さが挙げられる。政策改善により医療情報を扱う情報技術に技術革新が生じたとしても、それを利用する患者側の同意取得を効率化できなければ、技術の社会実装を進めることはできない。そこで本研究では、医療情報のオンライン共有コストの極小化に向けて、患者同意をオプトアウトにより取得するオプトアウト同意モデルを考案する。これまで北海道内へのパイロットスタディを通じて、この手法が患者同意率を大幅に改善することを実証しつつある。今後は、医療情報のオンライン共有の効率化への賛否を問う全国調査(社会実験)を通じて得られた研究成果に基づいて、効率化に資する提案を通じてプライマリ・ケアの機能強化に貢献することを目指したい。
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Causes of Carryover |
当該年度ではパンデミックの影響で大型調査ができず、次年度に調査計画を移行するために使用額に差が発生している。
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