2019 Fiscal Year Research-status Report
Synthesis of artificial spider silk with thermal processability
Project/Area Number |
18K14290
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
矢澤 健二郎 信州大学, 学術研究院繊維学系, 助教 (70726596)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | クモ / カイコ / シルク / 湿式紡糸 / 湿度 / 結晶化 / 圧力 / ロバストネス |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は、(1)シルクフィブロインの結晶化に及ぼす圧力と水分子の影響の評価、(2)クモ糸の射出速度と環境湿度が力学・構造物性に与える影響の評価、(3)カイコ由来シルクを紡糸原液とした湿式紡糸法の検討、の3つの課題に取り組んだ。 (1)については、クモおよびカイコ由来の絹糸を溶液化した後、フィルムを作成することで非晶状態のシルクを再現した。その後、種々の圧力と湿度条件下で処理した後、結晶化の有無を確認するために、広角X線散乱測定・赤外分光法によって構造分析を行い、引張り試験によって力学分析を行った。その結果、クモシルクについては、圧力の応答性は見られず、湿度応答性が見られた。一方、カイコシルクについては、圧力と湿度の両方に対する応答性が見られた。カイコシルクでは100 MPa前後で結晶化が誘起されることが分かり、この100 MPaという圧力は、使用する溶媒によって変化することが見出された。例えば、ヘリカル構造を誘起する溶媒を用いた場合、結晶化圧力は25 MPaまで減少することが分かった。 (2)については、天然の生きた状態のクモから命綱に相当する糸を取り出す際、環境湿度と射出速度を変化させることで、糸の物性が変化するか調べた。その結果、クモ糸の結晶状態や力学物性については、環境中の湿度や射出速度に依存せず、クモは、常に一定強度の糸を生産できることが分かった。 (3)については、カイコ由来シルク繊維を水溶液の状態にしたものを紡糸原液として、湿式紡糸法を利用して、凝固させて延伸する過程を経ることで糸を生産した。その結果、凝固浴の種類と糸の巻き取り速度を変えることで、糸の構造と力学物性が変化することが分かった。糸の巻き取り速度を速くすると、結晶領域の配向性が向上し、強度の高い糸が得られる一方、糸の延伸性は低下し、強度と延伸性の間にはトレードオフの関係が存在することが分かった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
クモやカイコシルクの圧力と湿度に対する応答性を評価したことで、シルクフィブロインの結晶構造を圧力または湿度という単一因子で変化させることが可能であることが分かった。また、この変化は不可逆的に進行することが分かった。さらに、結晶化したシルクを溶媒に溶解させることで再度、非晶状態のシルクに再生することが可能であった。融点を有するシルクの結晶性を圧力と湿度を変化させて調整することで、ユーザーの好みに応じた強度や柔らかさを有するシルクを作成することにつながると期待される。さらに融点を有するシルクを融解させて非晶状態にすることで、シルクの高効率なリサイクルも可能になると考えられる。 また、天然のクモ糸が射出される際に、環境湿度と巻き取り速度がクモ糸の構造と力学物性に与える影響を調べた結果、環境湿度や巻き取り速度に関わらず、クモは、一定強度と延伸性を兼ね備えた糸を作ることが分かった。この環境変動因子へのロバストネスは、クモが進化の過程で得た特性であり、生存競争に勝ち抜くために必要であることが生物学的に示唆される。 さらにカイコシルクフィブロイン水溶液の湿式紡糸法によって、凝固浴と巻き取り速度を変化させることで、シルクの構造と力学物性を変化させることが分かった。この知見は、融点を有するシルクを溶融紡糸する際に、冷却速度や巻き取り速度を調整することで、結晶性と配向度を変化させて、天然シルクよりも強度の高い性質や延伸性の高いシルクなどを作成することに寄与すると期待される。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の成果によって、天然のクモが糸を生産する際には環境因子へのロバストネスを発揮するのに対し、クモやカイコのシルクが体外で繊維として生産され非晶状態として再生した場合には湿度や圧力の影響を受けることの両者の対照性が見出された。この違いは、おそらく、天然のクモの体内にはシルクが液晶状態として保存されていることと関係すると考えられる。そのため、シルクフィブロインを液晶状態として保管することが可能になれば、環境因子によって物性の変動しないシルクを生産できると考えられ、現在、液晶状態のシルクフィブロインの調製法を検討している。 また、カイコシルクフィブロインの湿式紡糸において、糸の巻き取り速度と凝固浴を最適化した結果、天然の糸と比較して、延伸度とタフネスが2倍向上する人工シルクを作成することができた。タフネスが2倍に向上したことは、天然シルクの半分の量の人工シルクを用いることで同じ耐衝撃性を示すことを意味し、シルクの有効利用につながることが期待される。しかしながら、今のところ、天然シルクと同程度の強度を示すシルクについては、作成が困難である。これは、人工シルクの結晶領域が天然と同じ程度まで配向していないことが一因と考えられ、今後、凝固浴と巻き取り速度を再検討することで、シルクの結晶領域を高配向にする手法を最適化する。その後、融点を有するシルクに対し、溶融紡糸を行う際に、湿式紡糸法で検討した結晶化速度と配向化手法を利用することで、高い力学物性および融点を有するシルクを作成する。
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Causes of Carryover |
アミノ酸の酵素重合を行って、クモ糸様の融点を有する人工シルクを作成するに際し、現在、水溶液系で実験を行っているため、得られるペプチド産物が数十程度の重合度となった後、沈殿として得られる。本研究での目的であるクモ糸様シルクを合成する際に、得られるペプチドまたはタンパク質の分子量は重要であり、高分子量であるほど、高い力学物性を期待できる。酵素重合を用いた場合、水溶液系では、沈殿としてペプチド産物が得られるため、遠心分離という単純なプロセスによって、ペプチドを反応系から分離できる長所があるものの、分子量という観点では、高強度を達成するには、より高分子量化を目指す必要がある。このように酵素重合の条件検討に時間を要し、今年度購入予定であった溶融紡糸装置が購入できなかったため、次年度使用額が生じた。次年度には、酵素重合後のペプチド断片に対して、縮合重合を行うことでさらなる高分子量化を目指す。その後で、溶融紡糸装置を購入し、冷却速度と巻き取り速度を最適化し、高強度・高結晶性の融点を有する人工シルクの作製を検討する予定である。
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Research Products
(6 results)