2018 Fiscal Year Research-status Report
不完全情報あるいは間接的情報に基づく感染性の指標、基本再生産数の推定
Project/Area Number |
18K17371
|
Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
浅井 雄介 北海道大学, 医学研究院, 助教 (70779991)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 理論疫学 / 感染症 / 医学統計 |
Outline of Annual Research Achievements |
基本再生産数R0は,一人の感染者が生み出す二次感染者数の平均値で与えられ,ワクチン接種率の目標設定や累積罹患率の予測など,感染症制御に係る保健医療政策の判断に欠かせない指標である.しかしながら,感染症の観察データは症候群に基づく患者数データに頼ることが多く,また小規模流行や流行の初期では観察情報が少ないため,R0の推定が困難な事例が多々存在する.本研究では,従来の理想的な観察データに基づくR0の推定を補間可能な不完全情報や間接情報を用いて実現することを目標としており,初年度は以下の研究を行った. マルチスケールモデルを用いたC型肝炎のR0の推定:この研究では従来の細胞レベルの数理モデルにおけるR0の推定ではなく,RNAスケールの動態と統合し,異なるRNA複製過程を加味したウイルス産生のR0の推定の理論的枠組みを構築した. 人口集団の年齢構造と接触確率を実装したR0の推定:感染症は未感染者が感染者と接触することにより伝播するが,感染症伝播の確率はその接触の種類や頻度により大きく異なることが知られている.そこで,接触者と被接触者の年齢と接触パターンを加味した数理モデルを構築し,R0の推定を行った. 遅延ランダム微分方程式の数値解析アルゴリズムの構築:感染症の流行は,未感染者と感染者や媒介生物の相互作用により記述される.しかしながら,必ずしもすべての要因をモデルに含めることができないこと,さらに実際の感染から報告までに時間の遅れがあるなど,その解析には適した数値計算法が不可欠である.初年度の課題である報告の遅れを加味したR0の推定において,既存の手法によるパラメータ推定を行った結果,十分な精度を保証することが困難であることが明らかとなった.そのため,課題に合わせたより精度の高い数値計算アルゴリズムを導出,その計算精度が保証されることを示した.
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
計画では,初年度に報告の遅れを加味したエボラ出血熱のR0の推定を行う予定であったが,適した数値計算アルゴリズムが開発されておらず,数値計算法の構築から開始した.数値計算法の開発には成功し,現在,データに合わせたアルゴリズムの実装に取り組んでいる. 一方で,次年度に予定していた実効距離と到着時間によって特徴付けられる国際的な伝播と,各国の国別流行情報を統一的に扱うR0の推定手法の構築では,各地域における感染症流行を統合して解析を行う必要があり,初年度はその理論的枠組みに取り組んだ.特に,ウイルス動態を事例に細胞レベルの動態とRNAレベルの動態を統合したマルチスケールモデルの構築に取り組み,異なるRNA複製過程を加味したウイルス産生のR0の推定手法の開発を行った. さらに,各国の国別流行情報を扱う上で,各国の人口集団の年齢構造はその国の流行拡大・縮小に大きく寄与する.そこで,日本におけるインフルエンザ流行を事例に,年齢構造と接触確率および接触パターンを加味したモデルによるR0の推定も行い,より頑強な推定手法を構築した.現在,これらの手法を実効距離と到達時間の数理モデルに統合し,実際の感染症流行データを用いたパラメータ推定に取り組んでいる.
|
Strategy for Future Research Activity |
初年度の課題であった報告者数の経時的変化と死亡者数を用いたR0の推定では,既存の数値解析アルゴリズムの適用が困難であることが明らかとなったため,新たな数値解析手法の開発から行うこととなった.適したアルゴリズムの開発には成功しており,2019年度中に実装を行い,実際の観察データを用いたR0の推定を遂行する予定である. 次年度の課題である新興感染症の国際的な流行拡大データを活用したR0の推定では,その土台となる,異なるスケールの動態を統一的に扱う理論的枠組みの構築,さらに各国の流行動態をより高い精度で把握するための年齢構造と接触確率,接触パターンを加味したR0の推定手法の構築を終えている.これらの手法を実効距離と到達時間のモデルに実装し,2003年のSARSの流行と,2009年のインフルエンザの流行時における感染者数データに適用し,R0の推定手法の構築と論文化を進める予定である. 従来の研究では,報告された感染者数データを用いたR0の推定がなされてきた.近年,ゲノム情報を用いた推定が構築されつつあるが,これら二つの異なるデータを統合してR0を求めるという研究は,いまだなされていない.今後,さらなるゲノム情報が蓄えられることは明らかであり,本研究の課題に加え,報告者数とゲノム情報を統合したR0推定手法の構築にも取り組み,論文化を目指す.
|
Causes of Carryover |
購入を予定していた数値計算ソフトが予定よりも安く購入できたため,差額が生じた. 本研究の目的は,補間可能な不完全情報や間接情報を用いたR0の推定手法の構築であるが,この目的を達成するためには,データに合わせた数値計算手法の選択が不可欠である.初年度に計画をしていた報告者数の経時的変化と死亡者数を用いたR0の推定において,既存の手法では精度の高い推定が困難であることが明らかとなり,新たな数値解析アルゴリズムの開発に着手,これに成功した.本研究の成果発表として,公衆衛生学会や疫学会での報告を考え予算を計上していたが,数値解析アルゴリズムの開発とその実データへの応用は,応用数学の分野でも有用であると考える.参加を予定していた学会に加え,応用数学系の学会に参加し成果を発表することを計画している.
|