2018 Fiscal Year Research-status Report
On Biopolitics, IT and Civil Society: How systems for electronic health/patient records have been, and will be, developing and utilized in Japan
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18K18473
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Research Institution | Otaru University of Commerce |
Principal Investigator |
佐々木 香織 小樽商科大学, 言語センター, 准教授 (40758314)
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Project Period (FY) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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Keywords | 生政治 / 医療情報 / 電子カルテ / ANT(アクターネットワーク理論) / ビッグデータ / 市民社会 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、カルテ等の診療情報の電子化を推進・展開する政策・研究・実践と、市民社会との関係性を、生政治(バイオ・ポリティクス)の視点とANT(アクター・ネットワーク理論)を導入して探究する。すなわち①その様な政策・研究・実践を通じ、国民の生と死をどの様に、また、どの次元まで管理・統治する意思―つまりは「生政治」―が潜在しているのかを具体的に発見して検討を行う一方で、②その様な電子診療情報を用いた生政治に対して市民社会で醸成されている期待や反発―つまりは市民意識や態度―を追究する。これら二点の考察において③ANT を応用して 電子診療情報という技術・モノを分析対象に据えた形で生政治と市民社会の関係性をとらえ直し、且つ、生政治と診療情報に対する市民意識も関係するモノ・ヒトとの相互作用の視点からの議論を含めて、それらの体系や生成機序を追究する。この研究を遂行するためには、文献調査と聞き取り調査を実施し、どちらの調査結果に対しても「言説分析」という手法を用いて考察する。
初年度の研究活動は文献調査と言説分析を計画していたが、文献調査の傍ら聞き取り調査と成果発表も開始した。聞き取りについては、目まぐるしく変容する政策とその実践については文献だけでは把握しれないため、実態を予備調査により概観した上で、次年度に予定された聞き取り調査を行う必要性を痛感したからである。発表については本研究が新領域の開拓を伴うため、他の研究者のフィードバックを頂戴しながら進める方が、確実に挑戦領域へ踏み込めると判断したからである。他方、文献調査は途上で初年度末を迎えてしまい、当初計画されていた言説分析までに進めなかった。遅れの大きな理由としては前述の予備調査と成果発表に時間を割いた点、更に家庭の諸事情が重なり研究時間が大幅に削減された点が挙げられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
計画と若干異なり初年度は以下3点を中心に―①文献調査②関係者への事前聞き取り調査③成果発表―研究活動を展開した。「①文献調査」は3系統に分かれる。第一にアクターネットワーク理論(ANT)を用いて、医療IT情報を利用した生政治の展開を分析するにはANTを熟知する必要があるため、ANTに関する文献を読み込み、その知見を深めた。第二に国民の生活や健康を統治する「生政治」の技術は、現下ITを用いて日進月歩な進化を遂げているため、生政治という哲学思想とITを結びつける理論的な枠組を、分かりやすく自らが構築できるよう文献読破から始めた。第三は電子カルテの診察目的以外に利用する政策や進行するプロジェクト関する文献調査である。 「②聞き取り」の目的は、次年度に実施予定のインタビューに備える調査である。対象は医療情報を診察以外で利用する政策やプロジェクトの実行団体である内閣府や経産省やその外郭団体の人びと、地域包括ネットワークとITをつなげて展開している医師会の人びと等であった。 「③成果発表」は、2回の学会報告と1つの論文掲載である。学会報告では生政治の考察に必要な哲学思想のうち「権力」と「意志」の問題を議論したり、現下進行中の医療情報政策に対して哲学・生命倫理的な考察を試みたりした。論文では次世代医療基盤法と付帯するガイドラインが企図した医療情報の利活用に対し、社会学・STSの理論を用いて「情報」というモノを中心に据えて「資源化」される問題を議論し、本研究の挑戦を試みた。
概要で示したように、申請時の計画では文献調査とそれに対する言説分析まで実施予定であった。しかし聞き取りと成果発表を初年度より開始した一方で、文献調査は未完了で計画より遅延している。後者の主要因は聞き取りと成果発表に時間を割かれた上、家庭の諸事情(親介護と婚姻)が重なり、研究時間を十分に確保できなかったからである。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度の研究で、生政治の理論枠組と本研究の言説分析におけるANT利用の理解が進み、且つ医療情報が診療以外にどの様に利用されている・されようとしているかが概観できた。それを基盤にして5方向で展開を進める。
一つは生政治にしろANTにしろ、自らが研究に理論を応用すべく、それらの理解を深化させ自説の構築に結び付ける発展に努める。そのために文献調査を行い、その成果を学会や勉強会で発表しフィードバックを頂戴しながら、理論を自らのツールに進化させていく。第二に実査を行い、医療ITを利用するプロジェクトにおける生政治の実態理解と市民の理解や意識の把握に努める。特にどの様に住民の生活や生命に対する介入が意図され、何が実施され、何が課題とされ、どの様な意図せざる結果が生じているかを前者では焦点を絞り、後者では何に期待を寄せ何に懸念をしているかのみならず、彼らの生政治そのものへの意識や関与の理解に努める。第三は自身の分析技術をレヴェルアップさせる点である。インタビュー解析ソフトウェアの向上に伴いより包括・横断的な言説分析が可能となってきたため、それに応じた形で質の高い分析を可能にすべく自らの研究技術の向上を図る。具体的にはワークショップへの参加と自分の分析過程を研究会の発表により精度が高い分析が行えているかの確認などを試みる。第四に実査のデータ分析を行う。その際には第二段階で獲得できた生政治への視座とANT的アプローチを応用し、且つ第三段階で獲得した高い技術的手法を用い、生政治を社会学的に言説分析にかける意義を問うたり、ANT的枠組の新しい分析方法を提案したりするような挑戦を試みる。第五に研究成果を発表する。基本的には、ANTの発展ならびに生政治を社会学・科学技術社会論的に捉え直す方向にしつつ、医療情報を用いた生政治の展開について普遍的な意味を問えるよう努める。
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Causes of Carryover |
研究計画が遅延したことが、予算額と使用額に差が出た大きな理由である。上述のように文献調査において、言説分析まで進める予定であった。しかし文献調査の半ばで初年度は終了してしまった。そのため海外論文を中心として必要文献を収集(購入)していない分と、言説分析にかかる経費の分が未使用となった。
そこで遅ればせながら2019年度に、当初の研究計画を進めることで、残額を使用する。すなわち、①ANTや生政治に関する理論的な枠組みを構築に寄与する英語文献の購入経費、そして②言説分析のデータ入力のための各種の文字起こし(トランスクリプト)への経費、それぞれに充てることとなるだろう。
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