2019 Fiscal Year Research-status Report
明治大正期の美術界と建築界の相互交渉に関する新知見と歴史記述転換の追究
Project/Area Number |
18K18476
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
今橋 映子 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (20250996)
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Project Period (FY) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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Keywords | 岩村透 / 雑誌研究 / 近代芸術史 / 明治大正期美術史 / 明治大正期建築史 / 美術新報 / 建築と美術 / 美術・建築批評 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、従来日本近代美術史と日本近代建築史を統合して、全く新しい近代芸術史を記述しようとする試みである。これまで明治大正期の芸術史を構築する際に、建築領域を念頭に置き、それを大きな社会的潮流の中で記述する試みはほとんど無かったと言って良い。個人の美的創作の域を大きく超えて、「創作家」の尊厳の法的・社会的確立や、近代住宅や〈家族〉のあり方、さらには都市の文化景観の保全の問題に至るまで、実に多様で大局的な様相を、総体的に記述することができれば、日本近代社会において諸芸術や建築が、いかなる役割を果たしていたのかを、初めて知ることになるだろう。 2019年度は、①明治大正期の美術界と建築界の共同創作の最適な例を、吾楽殿(焼失)、慶應義塾大学図書館(現存)および東京府美術館(東京都美術館の前身)だと定め、当時の建築資料や学校史料などを活用して実態を解明した。その結果、明治大正期の建築界=美術界の協働が、東京美術学校教授たちの活動を軸として、学内から学外へ展開していく様を、具体的に跡づけることができた。とりわけ吾楽会の実態をほぼ完全に解明できたことは、今後の工芸史、建築史研究に必須の史料をもたらすことになろう。②雑誌『美術新報』『美術週報』『国民美術』『建築雑誌』『建築工芸叢誌』『建築ト装飾』など、関連する膨大な一次資料から、画家、美術批評家、作家、建築家たちの言説を初めて洗い出し、精密な資料整理を行った。 とりわけ、これまで美術雑誌だと認識されてきた『美術新報』が建築史に有益な一次資料であることが解明された点、『建築工芸叢誌』や『建築ト装飾』における美術家の重要な役割を明らかにできた点、そして上記雑誌全てを通じて、国民美術協会の存在が重要であると結論づけることが出来たことが評価される。 上記の2つの年度課題については、ほぼ当初の目的を達成したと言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は3年計画で、従来日本近代美術史と日本近代建築史を統合して、全く新しい近代芸術史を記述しようとする試みである。2018年度に続き、2019年度も1)必要な書誌とデータベースを徹底的に整理しつつ、足りない資料の購入や複写などの作業を膨大に行い 2)上記「研究実績の概要」に書いた小テーマについて研究を確実に進めることができた。 本研究を進める中で、明治大正期の美術=建築の双方をつなぐ重要人物たちのサークルが、確実に存在することがわかってきた。おそらくその中心は東京美術学校の洋画科および建築科、そして吾楽会という組織であろうことが確実となった。そしてまた、3)岩村透、坂井犀水および黒田鵬心という美術批評家たち中心に据えて記述すると、様々なことが展望できることも明確になったため、この挑戦的研究(萌芽)を公にするときの歴史的記述のスタイルが確立された。現在筆者は、2020年度中に、(30年前から進めてきた)岩村透と同時代日本の美術思想に関する著書の完成を目指しており、その第16章に、本研究の最初の成果を組み込み、最速で公表し、一般読者にも還元できる目処が立った。2019年度から本研究の成果をまとめるべく執筆を集中的に始め、同章は144000字(原稿用紙360枚)の規模になる予定である。著書の執筆に集中するために、あえて2019年度は、本研究に関する個別論文の発表を見送った。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は本年度が最終年度(計3年間)で計画されており、ここまで順調に進んできたため、当初の予定通りに今後も進めることが可能である。 最終の2020年度は、①社会における建築、工芸、美術の緊密な連携の重要性を主張したのはイギリスのラスキン、モリスであり日本はその影響を色濃く受けている。従来とは全く異なり「初期社会主義」の思想から日本との関係を、比較文化論の手法であぶりだす。②「都市の美観」問題:今日的用語では「都市の文化的景観」の問題であり、これに美術家と建築家双方が関わっている点を、歴史的に初めて明らかにする。③美術家と建築家の、職能人としての尊厳の問題を社会思想史として扱い、上記に結節する。 そしてここまで3年分の調査と執筆を統合した上で、学術論文として発表する予定となっている。すでに上欄で書いたように、現在筆者は、2020年度中に、(30年前から進めてきた)岩村透と同時代日本の美術思想に関する著書の完成を目指しており、その第16章に、本研究の最初の成果を公表できる目処が立った。同章は144000字(原稿用紙360枚相当)の規模になる。同著書は全体で約120万文字(原稿用紙3000枚相当)、2020年度中に出版が決定されている(白水社の企画出版)。現在鋭意ゲラの校正中である。完成の暁には、明治大正期の美術界と建築界の相互交渉に関する新事実や新知見を、広く読者と共有できることになる。
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Causes of Carryover |
本研究の途上で国内、海外等での調査を複数予定していたが、とりわけ新型コロナ感染症問題によって、3月に予定されていた調査の実施が困難となり、次年度に予算を繰り越すこととなった。コロナ問題の状況によっては2020年度も海外での調査が不可能となる可能性もあるが、上記著書の刊行のために、国内で未完了の調査費用と、この三年間で蓄積したデータの入力、分析などの人件費に主に充てられる予定である。
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Research Products
(1 results)