2018 Fiscal Year Research-status Report
感性のナショナリズムとしての山岳風景論―明治文学を視座として
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18K18503
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Research Institution | Shizuoka University |
Principal Investigator |
森本 隆子 静岡大学, 人文社会科学部, 准教授 (50220083)
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Project Period (FY) |
2018-06-29 – 2020-03-31
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Keywords | 山岳風景画 / 吉田博 / 『日本風景論』 / 日本山岳会 / 崇高(sublime) / ナショナリズム / 夏目漱石 / ジェンダー |
Outline of Annual Research Achievements |
最大の成果は「ラスキン文庫」や諸処の美術館が所蔵する展覧会図録を足掛かりに、日本近代の山岳史と感受性の領域を橋渡しする有力な媒介項として「山岳風景画」とでも称すべきジャンルを抽出できたことである。吉田博、丸山晩霞、大下藤次郎ら「山岳―渓流」を求めて日本アルプスを中心に各地を旅しては絵画をものする<登山する水彩画家>たちの存在であり、その多くが画題に選んだ山岳風景に因んだ鑑賞記の類も残している。 当然のことながら、この一群は小島烏水の創設になる「日本山岳会」の系譜上に位置するものであるが、「日本山岳会」の主流が日本アルプスの山々を踏破し、頂上を極めることを旨とする「登山」および「登山」をめぐる紀行文学によって占められるのに対し、山岳風景画家たちの関心はあくまで画筆と言葉による風景描写とそれに託された風景美への感動を表出することにある。またこの一群の風景画家たちは、美術史上の分類としては黒田清輝の「白馬会」に圧倒されながらも、日本の西洋画壇を折半した「旧派―太平洋画会」に属しており、他方、文化的交友圏としては「丸山晩霞―島崎藤村」「吉田博―夏目漱石」の密接な関係を指摘することができる。周知のように、小島烏水と「日本山岳会」は日本固有の火山の美を説いて日本近代のナショナリズムの表象とも言うべき郷土論の扉を開いた志賀重昂の『日本風景論』の輝かしい遺産であるが、「山岳風景画(家)」とそれに連接する明治の作家群の連なりが『日本風景論』的ナショナリズムの<感性・感受性の領域>として言わばその見えにくい裾野の部分を形成しているとの見解を得た。 上記研究の副産物が、ジェンダー論を切口として漱石テクストから見えて来る「崇高(sublime)」の超越性と反ナショナリズム性である。「吉田博/義妹で夫人のふじお(藤遠)」―『虞美人草』の「甲野欽吾/藤尾」のアナグラムをヒントに学会報告を予定している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成30年度に試みにジャンル設定してみた「山岳風景画」群は、当初からの目標である「山岳風景論」を核としたナショナリズムの感性的側面を検証するための有効な補助線を意味するものであり、実際、ここを糸口に、近距離に位置しながら同時に反ナショナリズム的な批評性を持つ夏目漱石のテクスト論にまで射程を伸ばすことができた。その意味で研究はとりあえずは順調に進行していると判断している。 但し、上記のような間テクスト的研究は当初は、主に次年度に予定していたものであり、逆に代償として初年度に実施予定していた既存の『日本風景論』及び奇景気勝を案内する田山花袋の紀行文集等の第一次テクストに関する分析を後手に回さざるをえない結果となった。その遅延を解消すべく、今年度の研究計画については変更を余儀なくされている。
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Strategy for Future Research Activity |
まず初年度に予定していた第一次テクスト『日本風景論』の相次ぐ改版と改変―特に図版差し替えに関して緻密な論証を行う。また初年度、「山岳風景画」のジャンルを措定して解明を果たした『日本風景論』の裾野を構成する<感受性の領域>について更に綿密な発掘を継続する一方で、『日本風景論』の最も近傍に位置する田山花袋の膨大な紀行文テクスト群を山岳風景論に収斂させるべく分析と整理作業を行う。 幸い、上記のラフスケッチを手にしたことで、日本近代におけるナショナリズムとしての郷土論が、淵源に仰ぐイギリスの場合とほぼ同じ構造を持つことを検証できた。つまり、イギリス文化史では検証済みのW.GilpinからW. Wordswortthへの展開に沿って生成する「絵の様な(picturesque)/崇高な(sublime)風景の探求―ナショナリズムの勃興―ロマン主義文学の目覚め」にほぼ同じ<三位一体構造>である。従来の文学史ではむしろロマン主義の系譜の外側に位置付けられてきた田山花袋―島崎藤村―夏目漱石について、ナショナリズムを機軸に差異のグラデーションを炙りだしながら『日本風景論』を頂点に戴く<ナショナリズムの感性史―批評史>の形成を企てたい。 また初年度にジェンダー論を切口に「漱石―吉田博」「藤村―丸山晩霞」のような「文学テクスト―山岳風景画」間の有機的連環を抽出できたので、当初の予定よりも踏み込んだ研究を行いたい。英文化史研究においては、崇高―超越性という主に男性に振り分けられてきた領域に女性が参入した場合に発揮する批評性が指摘されている(E.A.ボールズ『美学とジェンダー』)。漱石の崇高をめぐる超越論に反男性中心主義、反ロマン的ナショナリズムの外部性、「吉田兄妹―甲野兄妹」の例のように「男女」の対項を「義兄妹・従兄妹(『彼岸過迄』)」へズラせるパターンにロマンチックラブに対する批評性を検証したい。
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