2019 Fiscal Year Research-status Report
和漢洋語彙ネットワークの形成と構造―言語問題に対応する新しい語彙論―
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18K18514
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
田中 牧郎 明治大学, 国際日本学部, 専任教授 (90217076)
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Project Period (FY) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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Keywords | 語彙論 / 言語問題 / 語種 / 専門用語 / 教育基本語彙 / 語誌・語史 / 翻訳語 |
Outline of Annual Research Achievements |
(1)「和漢洋語彙ネットワーク」の形成過程と構造の研究、(2)語彙に関する言語問題の研究の二つについて、令和元年度は、次のような研究を行い、成果を発表した。 (1)については、和語「まさる」「すぐれる」「おとる」および「優」「劣」を構成要素に持つ多くの漢語が、歴史的にどのような語彙ネットワークを形成してきたかについて研究し、『明治大学国際日本学研究』と『遺伝子医学』の二つの媒体に論文を発表した。さらに、和語の存在しない意味領域で「信じる」という混種語が基軸となり、近代に「信用」「信頼」「自信」など「信」を含む漢語語彙が、新たなネットワークを形成していくさまを研究し、『Humanities Studies East and West』に論文を発表した。 (2)については、医療専門用語の性質と、その性質に応じてわかりやすく言い換えたり説明をつけたりする研究の成果について、日本遺伝カウンセリング学会学術集会で講演を行った、また中等教育国語科で役立つように、日本語学的知見に基づく語彙情報を整備する研究を行い、『日本語学』に論文を発表した。 (1)と(2)をつなぐ研究として、近代初期に、西洋の新概念が入ってきた際に、西洋語を音訳して外来語として受け入れるか、漢語や和語に意訳して取り入れるかなどの実態を、当時の小学校理科教科書等の調査によって考察し、3月開催の学術集会で発表する予定であったが、コロナウイルス感染防止対策のために、集会が中止となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)「和漢洋語彙ネットワーク」の形成過程と構造の研究、(2)語彙に関する言語問題の研究、の二つについて、それぞれ複数の成果発表を行い、両者を関係づける研究にも着手できたことから、おおむね順調に進んでいると評価できる。 二つのタイプの研究を関係づける研究のうち、近代初期の西洋からの新概念の翻訳を契機とした、新しい語彙ネットワークの形成についての研究は、当初の計画にはなかったものであり、この部分は、計画以上に進んでいるところである。一方、(2)のうち、言語問題の発生現場(専門家集団や学校など)に対するアンケート調査が実施できなかったのは、計画が未達の部分である。これら、当初計画と齟齬が出ている理由を説明する。 本研究は、日本語の特質としての、和語・漢語・外来語の三層構造による語彙ネットワークが歴史的に形成されてきたことが、語彙運用に問題をもたらすことがあると見て、その現場としての、専門家集団や学校関係者へのアンケート調査を想定していた。ところが、そうした言語問題を具体的に観察していくと、例えば、近年問題になった「優性」「劣性」の語が生まれたのは近代で、その後徐々に、隣接する語の影響を受けるなどして、この語の意味に誤解が広がっていったことが判明したり、中学校レベルで習得すべき教育基本語彙の体系が、現在ある形に形成されたのも近代であることが見えてきたりと、問題の発生時期の多くが、100年単位の過去の時点であり、そこにさかのぼっての問題の究明を行うべきと考えるようになった。そのため、近代初期の教科書とその周辺における、和語・漢語・外来語の運用を見ることになったものである。 語彙ネットワークは、数十年から数百年をかけて形成されるものであるため、そこから生じる言語問題も、アンケート調査ではなく、言語分析などを通して、歴史的視点で行うべきと考えを改めるに至った。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)については、一昨年度に着手した、平安末期の和語と漢語のネットワーク形成についての研究が進展してきているので、その成果を論文として投稿するほか、明治・大正期の、和語・漢語に外来語も加わっての語彙ネットワークの形成について、日本語学会で発表を行った後、論文にする予定である。さらに、古代から近代へと通時的な過程を経て、〈和語〉→〈和語+漢語〉→〈和語+漢語+外来語〉というネットワークを形成していく過程を、典型的な事例で示す、語誌・語史記述を行っていく。 (2)については、現在の言語問題の把握には、専門家や教育家への聞き取りを継続するとともに、アンケート調査ではなく、メディアの言説や用語法の分析によって行っていく。そして、その言語問題が生じてきた歴史的な経緯については、近代以後の雑誌・新聞・書籍等の言語分析を通して、究明していく。これまでに取り上げた、「優性/劣性」と「まさる/すぐれる/おとる」や、「信頼/信用」と「信じる」の漢語と和語(混種語)との関係性構築に加えて、その背後にある英語からの翻訳の問題を考察するほか、「ガイドライン」と「指針」、「リスク」と「危険性」など、昭和後期から平成期にかけて形成されてきた、外来語と漢語の関係性構築についての研究を行い、近代から現代にかけての語彙に関する言語問題が生じてくる過程を究明し、記述していく。
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Causes of Carryover |
令和元年度には、言語問題の把握のために、調査会社に委託したアンケート調査を実施するために、予算を計上していた。ところが、「現在までの進捗状況」に記したように、研究を進める中で、本研究課題にとって最も重要な、和漢洋語彙ネットワークに起因する言語問題は、現代になって生じたものではなく、数十年あるいは数百年の日本語の歴史のなかで形成されてきたものであるため、現代社会の問題に関するアンケート調査で把握できる性質のものではなく、過去の文献に対する丁寧な言語分析によって究明すべきものであることがわかってきた。そのため、アンケート調査ではなく、文献調査を行うことに変更したため、そこに充当する予定の金額が未使用となった。昨年度の文献調査を通して、本課題にとって重要となる、江戸時代末から明治・大正時代にかけた教科書をはじめとした文献資料が明確となったことから、その資料をコーパス化する準備を始め、令和2年度は、その作業の一部を外注する経費に充当する予定である。 当初の目的である、(1)古代から現代にかけての、和漢洋語彙ネットワークの形成と構造の研究については、計画通りに進んでいるので、ここに、(2)の言語問題の把握についての研究の重点を、近代から現代にかけての語彙の形成過程の究明に移行させることで、現在、顕在化している言語問題の本質と背景を明らかにする研究に展開していく予定である。
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