2022 Fiscal Year Research-status Report
Construction of <A Theory of Capability Justice> based on Trans-disciplinary Perspective
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18K18569
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Research Institution | Teikyo University |
Principal Investigator |
後藤 玲子 帝京大学, 経済学部, 教授 (70272771)
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Project Period (FY) |
2018-06-29 – 2024-03-31
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Keywords | ケイパビリティ / 正義理論 / 公共的互恵性 / ジョン・ロールズ / アマルティア・セン / トランスディシプリン |
Outline of Annual Research Achievements |
ケイパビリティアプローチの理論化を阻む主たる理由は、次に例示する方法的難問にあった。〈1〉潜在能力の比較評価が結局のところ、本人の主観的評価に依存するなら、効用概念と同様に個人間比較不可能性問題を逃れえない。〈2〉観察されるのは選択(達成)点であって、潜在能力自体は観察されないので、推定の頑健性はおろか、実在性すら疑われる。〈3〉何が個人の潜在能力を構成する重要な機能リストかは文脈依存的であり、一般・普遍的に定めることはできないとしたら、国際比較は不可能となる。 本研究の目的は、ケイパビリティ・アプローチが直面する方法的難問にトランスディシプリナル(異分野越境的)な協同研究の視点から取り組むことにある.本年度は次の3つの課題に取り組んだ。第一に、主観と客観、個別と一般、特殊・普遍といった二分法を乗り越え、個人の公共的判断と選択の自由を尊重しながら、本人の潜在能力(ケイパビリティ)の不足の補填を要請する分配ルール(<公共的互恵性システム>)を構想すること。第二に、公共的互恵性システムへの合意形成手続き(<グループ基底的合意形成>)を理論的に定式化すること。第三に、それを福祉医療政策学的な臨床的調査、ならびに、市民工学的なプログラミングをもって理論の実装を図り、もたらされた結果の現実的な性能に関して、脳情報科学と比較実証経済学のスキルをもって検証すること。 本年度の成果は、第一に、実現されたwell-beingではなく、well-beingの機会集合そのものに接近する方法を定式化し得たこと、第二に、機会集合に接近することの哲学的意味をあきらかにし得たことにある。これにより、経済学の伝統的な効用・所得アプローチに代わる新たな経済学理論として、潜在能力アプローチを提示することができたこと、それを基に新たな正義理論を構想することができた点にある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、次に示す概要のように、本研究の主題に関連して、個人の生のケイパビリティを捉える認識枠組を構想することができた。この理論を論文化し、シンポジウム等で広く公共的討議に欠ける作業が残された。 ケイパビリティ概念の基本は、個人のケイパビリティを空間的・時間的な拡がりで捉えることにある。とはいえ、個人の生は本人が属するさまざまな次元(カテゴリー)における実に多様なグループと無縁ではありえない。個人の存在を深く規定するこれらグループの情報抜きに、個人のケイパビリティ(それだけ)を抽出することは不可能である。まさに個人のケイパビリティを捉えるために、さまざまな次元のグループの情報が必要となってくる。テクニカルには、これは個人間比較可能性問題に対する一つの解を示す。哲学的にはこれは福祉国家の核となる差異と多様性の尊重に基づく規範的平等理念の基礎となる。ただし、これは資本主義的市場メカニズムを所与とする能力主義=序列主義とはまったく異なる。
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Strategy for Future Research Activity |
潜在能力アプローチは、ロールズの『正義論』を中心に力強く展開していったリベラリズムの弱点を克服する可能性を秘めている。それはまた、新厚生経済学の弱点を克服する可能性も秘めている。それは、一方で、集合論と関数、位相などの数理的モデルで社会を捉え、他方で、フェミニズムやポストモダンやカルチュラルスタディーズなどの思想と手を携えながら、生命、共生、公共、表象に関する深い考察、制度政策を設計する広く緩やかな学問として、経済学を拡張する可能性を秘めている。 実現されたwell-beingではなく、well-beingの機会集合そのものに接近できるとしたら、そして機会集合に接近することの哲学的意味があきらかになったとしたら、潜在能力アプローチは初めて、効用・所得アプローチに代わる新たな経済学理論となりえるだろう。そのようにして生まれた経済学理論は、方法的個人主義のもつ狭隘な合理性を克服し、倫理的配慮を無理なく入れた、真に公共政策の基礎となるであろう。数学的基礎と哲学的基礎を備えた、理論的にも、実証的にも、そして実践的にもきわめて興味深い学問となるであろう。今後は、これまでの研究成果をもとに、ケイパビリティ・アプローチに基づく新しい正義理論を英文書籍として刊行したい。
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Causes of Carryover |
2023年度開催を予定していた国際シンポジウム(Workshop on Normative Economics and Capability Approach)の基調報告者が年末に体調を崩されたために、2023年度2月の招聘を延期せざるを得なくなった。社会的選択理論と厚生経済学の第一人者であるが、ご高齢で基礎疾患もつため、2022年度にも招聘を見送っており、今回は2度目の見送りとなる。ただし、ご本人は来日を希望しているので、2024年度にはぜひ彼を迎えて国際シンポジウムを実現したい。同時期刊行予定である英文叢書、和文叢書の出版記念会も兼ねたい。
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