Research Abstract |
温帯や熱帯の植物と同様に,極地に自生するコケや顕花植物にも植物病原菌が広く感染し,枯死などの被害も発生している.このような極地の植物病原菌の多くは,これまでに報告の無く,種が不明で生態についてはほとんど明らかにされていない.一方,近年,世界の各地域で,気候変動による植物病原菌と宿主植物とのバランスが変化し,野生植物にこれまでにない病害が発生している.とくに極地は,温暖化の進行が他の地域よりも急速に進行しており,植物病原菌と宿主植物とのバランス崩壊がより速く進んでいる可能性がある.この研究の目的は,極地に発生する植物病原菌に注目して,それらの種を特定するとともに,植物病原菌と宿主植物とのバランスの変化の実態を明らかにすることである. 本年度は,高緯度北極域に位置するスピッツベルゲン島の日本北極基地周辺のコケ群落で現地調査を行った.この調査は2003年からほぼ2年間隔で継続しているものであり,気象データとともに,植物病原菌の生息数をモニタリングしている.本年度は,この調査地に6つの種レベルで異なる植物病原性Pythium属菌の生息が確認され,その密度が明らかになった.これらの結果を,2003年から2008年に実施した同じ地点での調査結果とあわせて解析したところ,Pythium属菌の一部は降水量や気温の変化にともなって密度を変化させている可能性が示された.また,同島内の別の調査地で,コケに感染するTrichoderma属菌と,キョクチヤナギに感染する黒紋病およびさび病を調査したところ,これらの糸状菌について,これまで知られていなかったそれらの分類的,病原学的,および生態的知見が明らかなった. 以上のように,極地の野生植物には,他の地域には見られない多様な植物病原菌が感染しており,年次経過や気候変化にともなって,植物病原菌も生息数を変化させていることが明らかになった.
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